すとも、グヰンは三人連でV停車場からマーゲート行の汽車へ乗ったのです。A嬢は昨夜ひとりでA夫人と従兄《いとこ》を停車場へ迎えにいったというじゃアありませんか。緑色のドレスを着ていた女が、自動車の中では真紅《まっか》なスエーター姿に早替りをし、而《しか》もA嬢が昨夜停車場へゆくといって海浜旅館を出た時は、赤いスエーターを着ていたという事です。貴郎は二人の若い女のうちのどちらかが、誘拐されていると想像する事は出来ませんか。」
「豪《えら》い、豪い、それからどうした。」ギルは興あり気に訊《たず》ねた。
「私は昨夜自動車に出会った場所は、停車場《ステーション》から海浜|旅館《ホテル》へ出る道路《みち》とは違っている。而《しか》も汽車が到着《つい》た時から一時間も経過《た》っていた。瀕死の状態に陥っているA老人を旅館に残しておきながら、停車場からすぐ旅館へ行かずに、飛んでもない方角違いのH通りを疾走《はし》っていたのは不思議じゃアありませんか。私はA夫人も、それから甥と称する男も怪しいと思う。」
 二人は間もなくH通りの間口の広い雑貨店の前へ出た。
「このH通りの突あたりは丁字《ちょうじ》形の横通りになっていますね。そこ迄に幾つ横町があるでしょう。」泉原は相手を振返っていった。
「こゝから数えれば、突あたりの道路をいれて左右に貫いた三つの横通りがありますよ。」
「あの時の自動車の速力から考えても、第一の角を曲って来たとは思われない。第二か第三の角を左手の横通りから出て来たに違いない。若し右横町に彼等の巣があるとすれば、海浜旅館にゆく為にH通りへ出るのは大迂廻《おおまわ》りだ。」
 二人はやがて第二の横町を入った。そこは壊れた敷石の所々に、水溜りの出来ている見窄《みすぼ》らしい家並《やなみ》のつゞいた町であった。玄関の円柱《はしら》に塗った漆喰《しっくい》が醜く剥《はが》れている家や、壁に大きな亀裂《ひび》のいっている家もあった。
「君、左側の家に注意してくれ給え。」
「どうして左側かね。」泉原の言葉にギルは怪訝《けげん》らしく問返した。
「何にそれは斯《こ》うですよ。私の歩いていたのはH通りの右側で、前方から来た自動車の中央にグヰンがいて、その両傍《りょうわき》に年とった婦人と若い男が腰をかけていたからです。自動車には女連を先にして、後から男が乗るのが英国式じゃアありませんか
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