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英国ミッドランドのバートント家の猟場。
その晩の男ばかりの数人の食卓に、給仕女に扮《ふん》してわたしの傍《そば》に立った令嬢イサベル。それは彼女の愉快な冒険であった。二度目に彼女に会ったのは、それから数カ月を経たロンドンのあるウイークデーの、閑寂な朝の公園であったっけ。この奇遇は二人を結びつけてくれたが、彼女の父は娘を田舎の荘園に追い、わたしは危うく決闘を申し込まれるところであった。
わたしたちのうえに朧《おぼろ》げに綻《ほころ》びかけた夢の華はそれっきり萎《しぼ》んでしまったのである。時は流れるという言葉を、しみじみ思う。イサベルの訃《ふ》を聞いてからも、すでに数年になる。
今日はわたしの誕生日だ。祝ってほしい誕生日ではないが、祝ってくれた父や母や伯母も、いまは墓石になって、わたしの植えた珊瑚樹《あおき》の葉擦れの音を聞きながら、青山《あおやま》の墓地に眠っている――
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と、伊東《いとう》はその晩の日記に書くことであろう。
ポリッジとベイコンエッグス、ライプドオリーブ、それに紅茶とパンと、十年一日、判で捺《お》したような朝食
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