卓上に並べられていった。その中にわたしは差出人不明の小包を見いだした。
 表書きは確かにわたしの名宛てになっているが、筆跡には記憶がない。それは葉書大の二インチほどの厚みを持ったボール箱で、蓋《ふた》を取ると赤鼈甲《あかべっこう》のカフス釦《ボタン》とSTという組み合わせ文字の金具がついた帯革が一本入っていた、いずれも新しい品ではなかった。いったいだれがこんな古いものをくれたのであろうと不思議に思って、それらの品を取り上げると、箱の底から一葉の紙片が現れた。それには奇麗な女文字で、
[#天から2字下げ]本所区《ほんじょく》外手町《そとでちょう》二丁目十五番地 田沢修二《たざわしゅうじ》行き
 と認《したた》めてあった。
 どう考えてもわたしには田沢という知り合いはない。その奇怪な品物を見詰めているうちに、わたしは直感的に金門公園で会った青年の姿を思い浮かべた。この品は確かにあの青年の遺品に違いないと思った。
 きっと、本所には青年の生家があるのであろう。そこへこの品を届けてくれという意味で、女文字の主は彼の妻であろう。
 わたしはある日、それらの品を携えて本所へ出かけていった。けれども震災後の本所はすっかり変わっていた。したがって、わたしは田沢という家を捜し当てることができなかった。
 その辺は震災のもっとも激しかったところで、全滅した家族が多いということを役場で聞かされた。
 サンフランシスコは謎の町である。
 わたしはその晩、並山に長文の手紙を書いた。



底本:「清風荘事件 他8編」春陽文庫、春陽堂書店
   1995(平成7)年7月10日初版発行
入力:大野晋
校正:ちはる
2001年4月30日公開
2006年4月14日修正
青空文庫作成ファイル:
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