、失礼ですけれども……」
と、不意に呼びかける者があった。
それは紛れもない日本語で、しかも遠慮っぽい調子である。わたしは思わず足を止めた。見ると、二十五、六の鼠色《ねずみいろ》の背広を着た日本人が木陰のベンチから半ば立ち上がって、嘆願するようにわたしを見上げている。
「なんです? どうかしたのですか?」
わたしは早合点をして傍へ寄っていった。青年がその日の生活に困って、物乞《ものご》いをするのだと思ったからである。けれども、自分はすぐ勘違いをしたことに気づいた。青年の服装はきちんとして靴も光っていた。
「見ず知らずの方に突然こんなことをお願いしたら、定めし変な奴《やつ》だとお思いになるでしょうが、どうぞわたしを助けてください。わたしはいま、絶体絶命の位置にいるのです。こんなことを申しては失礼ですけれども、わたしはあなたをお見かけした瞬間、きっとあなたならわたしのこの妙な話を平気で聞いてくださると思って、つい声をおかけしたのでございます」
青年はそう言いながらも、落ち着きのない視線をわたしの肩越しに後ろへ投げている。
「きみを助けるのですって? わたしにそんな力があるでしょうか
前へ
次へ
全12ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング