再び山へ
松濤明
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)筑波《つくば》、加波《かば》の山波が
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(例)[#地から1字上げ]
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間もなく軍隊に入る。戦争に行く、そして山とは永久にお別れになる――。こうした残り少ない山生活が、なおどれだけの情熱に値するか?
大東亜戦争の始まる頃から、この懐疑は不断にまつわりついて、山へ出かける時にも、山を歩く時にも私を離れなかった。自分の幸福、他の者の幸福――他の者の幸福に基づく自分の幸福……。
軍隊に入る時は、よもや二度と生きて山を歩けるとは思わなかった。それはまた一つの慰めでもあった。自分自身で決断し切れなかった問題を、境遇の変化が強制的に解決してくれることになったから。忙しい軍隊生活の中では、山を思い返す暇はなかった。ほんの断片的な山の印象、山の匂いとか、山の風とか、霜融けの温まりとか、そうしたものはしばしば強烈に甦ってくることもあったが、登攀を回顧させるほど特別なものではなかった。
そうして次第に山を忘れていった。否、忘れたと思っていた。二カ年の南方生活の
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