こしらえたり。豐旗雲を只成語として見ず、古人が如何にして此熟語をこしらえしかを考へ、自己がある物を形容する時の造語法を悟るべし。成語ばかりを用ゐて歌を作らんには言葉の範圍狹くして思ふ事を悉く言ひ得ざらんか。此歌の意義に就きて現在と未來との議論あり。余は初三句を現在の實景とし、末二句を未來の想像と解したし。且つ結句「こそ」の語を希望の意と解せずして「こそあらめ」の意と解したく思へど、萬葉に此樣の語法ありや否やは知らず。三句を現在と解すれば第三句より第四句への續き具合よからずと非難もあれど、「入日さし」と接續的の輕き語を用ゐたるが却て面白きやうに思ふなり。
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天皇詔内大臣藤原朝臣競憐春山萬花之艶秋山千葉之彩時額田王以歌判之歌
冬ごもり春さりくれば、鳴かざりし鳥も來鳴きぬ、咲かざりし花も咲けれど、山を茂み入りても取らず、草深み取りても見ず、秋山の木の葉を見ては、黄葉をば取りてぞしぬぶ、青きをばおきてぞなげく、そこしうらめし秋山吾は
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此歌、秋山を以て春山にまされりと判斷はすれど、其まされりとする理由は少しも分らず。或は思ふ、天智天武兩帝同じ思ひを額田王にかけ給ひきと聞けば、此歌も暗に春山を天智帝に比し秋山を天武帝に比し、此時いまだ志を得られざる天武帝をひそかになつかしく思ふ旨を言ひいでられたるには非るか。[#地から2字上げ]〔日本 明治33[#「33」は縦中横]・7・3 四〕
底本:「子規全集 第七卷 歌論 選歌」講談社
1975(昭和50)年7月18日第1刷発行
※ルビに注記された「〈原〉」は、初出本文にもとからあるものを表します。
入力:土屋隆
校正:川向直樹
2005年5月25日作成
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