り。更に他の巻を求むれば最早無しといふ。学校の試験すみて級一つ上りし心地にうれしさはいはんかたなし。其中にて最も驚きたるは蕃山の経済、徂徠の学説なり。いづれもいくばくのひがみたる考無きにあらねど、大体に於て見地の高きこと固より世の常の儒者にたぐふべくもあらず。徂徠が修辞上の古学と経学とを結びつけんとしたるは僻せり。孔子の教に非ずとして孟子をも朱子をも斥けたる大見識を以て、更に一足を進めて孔子を評せざりしはいと歯痒し。今一たび苔の下より呼び起して話して見たきは徂徠なり。
○古き人の随筆読み尽して、又日を消すべき術無きに困じはてつ、ふと碁の定石を知らんと思ひなりぬ。吾いまだ碁を知らず。今はた碁を学んで人と勝敗を争ふの心も無けれど、定石を知るは幾何学の理論を読むが如き面白味あらんかと、初歩の本など借り来り、紙の碁盤、土の碁石、丁々といふ音もなく、いと淋しげに置き習ひぬ。忽ち覚え忽ち忘れ、何のことわりとも知らで、黒、白、黒、白と心も移らず遊びけるを、さと吹き入るゝ風に碁盤飛び碁石ころげて、昔の闇に帰りける、それも涼しや。
○夢にては立ちて歩くこと病無き昔の如し。たま/\にはきのふ迄足なへなりし
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