ツ。中央鉄道は聯絡したか知らツ。支那問題はどうなつたらう。藩閥は最う破れたか知らツ。元老も大分死んでしまつたらう。自分が死ぬる時は星の全盛時代であつたが今は誰の時代か知らツ。オー寒い/\何だかいやに寒くなつてきた。どこやらから娑婆の寒い風を吹きつけて来る。先日の雨に此処の地盤が崩れたと見えて、こほろぎの声が近く聞えるのだが誰も修理に来る者などはありやしない。オヤ誰か来やがつた。夜になつてから詩を吟じながらやつて来るのは書生に違ひ無いが、オヤおれの墓の前に立つて月明りに字を読んで居やがるな。気障な墓だなんて独り言いつて居やがらア。オヤ恐ろしい音をさせアがつた。石塔の石を突きころがしたナ。失敬千万ナ。こんな奴が居るから幽霊に出たくなるのだ。一寸幽霊に出てあいつをおどかしてやらうか。併し近頃は慾の深い奴が多いから、幽霊が居るなら一つふんじばつて浅草公園第六区に出してやらうなんていふので幽霊捕縛に歩行いて居るのかも知れないから、うつかり出られないが、失敬ナ、悠々と詩を吟じながら往つてしまやがつた。此頃此処へ来る奴にろくな奴は無いよ。きのふも珍しく色の青い眼鏡かけた書生が来て何か頻りに石塔を眺めて居たと思つたら、今度或る雑誌に墓といふ題が出たので其材料を捜しに来たのであつた。何でも今の奴は只は来ないよ。たまに只※[#二の字点、1−2−22]来た奴があると石塔をころがしたりしやアがる。始末にいけない。オー寒いぞ/\。寒いツてもう粟粒の出来る皮も無しサ。身の毛のよだつといふ身の毛も無いのだが、所謂骨にしみるといふやつだネ。馬鹿に寒い。オヤ/\馬鹿に寒いと思つたら、あばら骨に月がさして居らア。
○僕が死んだら道端か原の真中に葬つて土饅頭を築いて野茨を植ゑてもらひたい。石を建てるのはいやだが已む無くば沢庵石のやうなごろ/\した白い石を三つか四つかころがして置くばかりにしてもらはう。若しそれも出来なければ円形か四角か六角かにきつぱり切つた石を建てゝもらひたい。彼自然石といふ薄ツぺらな石に字の沢山彫つてあるのは大々嫌ひだ。石を建てゝも碑文だの碑銘だのいふは全く御免蒙りたい。句や歌を彫る事は七里ケツパイいやだ。若し名前でも彫るならなるべく字数を少くして悉く篆字にしてもらひたい。楷書いや。仮名は猶更。



底本:「日本の名随筆55 葬」作品社
   1987(昭和62)年5月25日第1刷発行
   1990(平成2)年2月10日第4刷
底本の親本:「子規全集 第九巻」改造社
   1929(昭和4)年8月発行
入力:小林繁雄
校正:門田裕志
2003年9月14日作成
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