めぬ穴の芒かなサ、少しは善いやうだナ、少し善ければそれで我慢して置いて安楽に往生するサ、迷はずに往つてくれたまへ、迷つたら帰つて来るヨ……イヤに静かになつた。誰やらシク/\泣いてるやうだ。抹香の匂ひがしやアガラ。此匂ひは生きてる内から余り好きでも無かつたが死んで後も矢張善く無いヨ、何だか胸につまるやうで。胸につまるといへばからだが窮屈だね。こリヤ樒の葉でおれのからだを詰めたに違ひない。棺を詰めるのは花にしてくれといつて置くのを忘れたから今更仕方が無い。オヤ動き出したぞ。墓地へ行くのだナ。人の足音や車の軋る音で察するに会葬者は約百人、新聞流でいへば無慮三百人はあるだらう。先づおれの葬式として不足も言へまい。……アヽやう/\死に心地になつた。さつき柩を舁ぎ出された迄は覚えて居たが、其後は道々棺で揺られたのと寺で鐘太鼓ではやされたので全く逆上してしまつて、惜い哉木蓮屁茶居士などゝいふものはかすかに聞えたが、其後は人事不省だつた。少し今、ガタといふ音で始めて気がついたが、いよ/\こりや三尺地の下に埋められたと見えるテ。静かだツて淋しいツて丸で娑婆でいふ寂寞だの蕭森だのとは違つてるよ。地獄の空気は確かに死んでるに違ひ無い。ヤ音がする。ゴーといふのは汽車のやうだがこれが十万億土を横貫したといふ汽車かも知れない。それなら時々地獄極楽を見物にいつて気晴らしするもおつだが、併し方角が分らないテ、滅多に闇の中を歩行いて血の池なんかに落ちようものなら百年目だ、こんな事なら円遊に細しく聞いて来るのだツた。オヤ梟が鳴く。何でも気味の善い鳥とは思はなかつたが、道理で地獄で鳴いてる鳥ぢヤもの。今日は弔はれのくたびれで眠くなつて来た……最う朝になつたか知ら、少し薄あかるくなつたやうだ。誰かはや来て居るよ。ハア植木屋がかなめを植ゑに来たと見える。併しゆうべ迄あつた花はどうしたらう、生花も造花も何んにも一つも無いよ。何やら盛物もあつたがそれも見えない。屹度乞食が取つたか、此近辺の子が持つて往たのだらう。これだから日本は困るといふのだ。社会の公徳といふものが少しも行はれて居らぬ。西洋の話を聞くと公園の真中に草花がつくつてある、それには垣も囲ひも何んにも無い。多くの人は其傍を散歩して居る。それでも其花一つ取る者は仮にも無い。どんな子供でも決して取るなんていふ事は無いさうだ。それが日本ではどうだ。白壁があつ
前へ
次へ
全7ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング