は得取りつかずに居る。花も二三輪しか咲いてゐない。正面には女郎花が一番高く咲いて、鷄頭は其よりも少し低く五六本散らばつて居る。秋海棠は尚衰へずに其梢を見せて居る。余は病氣になつて以來今朝程安らかな頭を持て靜かに此庭を眺めた事は無い。嗽《うが》ひをする。虚子と話をする。南向ふの家には尋常二年生位な聲で本の復習を始めたやうである。やがて納豆賣が來た。余の家の南側は小路にはなつて居るが、もと加賀の別邸内であるので此小路も行きどまりであるところから、豆腐賣りでさへ此裏路へ來る事は極て少ないのである。それで偶珍らしい飲食商人が這入つて來ると、余は奬勵の爲にそれを買ふてやり度くなる。今朝は珍しく納豆賣りが來たので、邸内の人はあちらからもこちらからも納豆を買ふて居る聲が聞える。余も其を食ひ度いといふのでは無いが少し買はせた。虚子と共に須磨に居た朝の事などを話しながら外を眺めて居ると、たまに露でも落ちたかと思ふやうに、絲瓜の葉が一枚二枚だけひら/\と動く。其度に秋の涼しさは膚に浸み込む様に思ふて何ともいへぬよい心持であつた。何だか苦痛極つて暫く病氣を感じ無いやうなのも不思議に思はれたので、文章に書いて見度くなつて余は口で綴る、虚子に頼んで其を記してもらうた。筆記し了へた處へ母が來て、ソツプは來て居るのぞ〈な〉といふた。

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  子規子逝く
九月一九日午前
一時遠逝せり
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底本:「日本の名随筆19 秋」作品社
   1984(昭和59)年5月25日第1刷発行
   1991(平成3)年9月1日第12刷発行
底本の親本:「子規全集 第一二巻」講談社
   1975(昭和50)年10月
入力:渡邉つよし
校正:浦田伴俊
2000年12月12日作成
2005年1月26日修正
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