面白味も無之候。

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ささ波や比良《ひら》山風の海吹けば釣する蜑《あま》の袖かへる見ゆ
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[#地から5字上げ](読人しらず)

 実景をそのままに写し些《さ》の巧《たくみ》を弄《もてあそ》ばぬ所かへつて興多く候。

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神風や玉串の葉をとりかざし内外《うちと》の宮に君をこそ祈れ
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[#地から5字上げ](俊恵《しゅんえ》)

 神祇《じんぎ》の歌といへば千代の八千代のと定文句《きまりもんく》を並ぶるが常なるにこの歌はすつぱりと言ひはなしたる、なかなかに神の御心《みこころ》にかなふべく覚え候。句のしまりたる所、半ば客観的に叙したる所など注意すべく、神風やの五字も訳なきやうなれど極めて善く響きをり候。

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阿耨多羅三藐三菩提《あのくたらさんみゃくさんぼだい》の仏たちわが立つ杣《そま》に冥加《めいか》あらせたまへ
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[#地から5字上げ](伝教《でんぎょう》)

 いとめでたき歌にて候。長句の用ゐ方など古今|未曾有《みぞう》にて、これを詠みたる人もさすがなれど、この歌を勅撰集に加へたる勇気も称するに足るべくと存候。第二句十字の長句ながら成語なればさまで口にたまらず、第五句九字にしたるはことさらとにもあらざるべけれど、この所はことさらとにも九字位にする必要有之、もし七字句などを以て止めたらんには、上の十字句に対して釣合取れ不申候。初めの方に字余りの句あるがために、後にも字余りの句を置かねばならぬ場合はしばしば有之候。もし字余りの句は一句にても少きが善しなどいふ人は、字余りの趣味を解せざるものにや候べき。
[#地から2字上げ](明治三十一年三月三日)
[#改ページ]

    十《と》たび歌よみに与ふる書


 先輩崇拝といふことはいづれの社会にも有之候。それも年長者に対し元勲に対し相当の敬礼を尽すの意ならば至当の事なれども、それと同時に、何かは知らずその人の力量技術を崇拝するに至りては愚の至りに御座候。田舎の者などは御歌所《おうたどころ》といへばえらい歌人の集り、御歌所長といへば天下第一の歌よみの様に考へ、従てその人の歌と聞けば、読まぬ内からはや善き者と定めをるなどありうちの事にて、生も昔はその仲間の一人に候ひき。今より追想すれば赤面するほどの事に候。御歌所とてえらい人が集まるはずもなく、御歌所長とて必ずしも第一流の人が坐《すわ》るにもあらざるべく候。今日は歌よみなる者皆無の時なれど、それでも御歌所連より上手なる歌よみならば民間に可有之《これあるべく》候。田舎の者が元勲を崇拝し、大臣をえらい者に思ひ、政治上の力量も識見も元勲大臣が一番に位する者と迷信致候結果、新聞記者などが大臣を誹《そし》るを見て「いくら新聞屋が法螺《ほら》吹いたとて、大臣は親任官《しんにんかん》、新聞屋は素寒貧《すかんぴん》、月と泥鼈《すっぽん》ほどの違ひだ」などと罵《ののし》り申候。少し眼のある者は元勲がどれ位無能力かといふ事、大臣は廻《まわ》り持《もち》にて、新聞記者より大臣に上りし実例ある事位は承知致し説き聞かせ候へども、田舎の先生は一向無頓著にて、あひかはらず元勲崇拝なるも腹立たしき訳に候。あれほど民間にてやかましくいふ政治の上なほしかりとすれば、今まで隠居したる歌社会に老人崇拝の田舎者多きも怪むに足らねども、この老人崇拝の弊を改めねば歌は進歩|不可致《いたすべからず》候。歌は平等無差別なり、歌の上に老少も貴賤も無之候。歌よまんとする少年あらば、老人|抔《など》にかまはず、勝手に歌を詠むが善かるべくと御伝言|可被下《くださるべく》候。明治の漢詩壇が振ひたるは、老人そちのけにして青年の詩人が出たる故に候。俳句の観を改めたるも、月並連《つきなみれん》に構はず思ふ通りを述べたる結果に外ならず候。
 縁語を多く用うるは和歌の弊なり、縁語も場合によりては善けれど、普通には縁語、かけ合せなどあれば、それがために歌の趣を損ずる者に候。縦《よ》し言ひおほせたりとて、この種の美は美の中の下等なる者と存候。むやみに縁語を入れたがる歌よみは、むやみに地口《じぐち》駄洒落《だじゃれ》を並べたがる半可通《はんかつう》と同じく、御当人は大得意なれども側《はた》より見れば品の悪き事|夥《おびただ》しく候。縁語に巧《たくみ》を弄《ろう》せんよりは、真率に言ひながしたるがよほど上品に相見え申候。
 歌といふといつでも言葉の論が出るには困り候。歌では「ぼたん」とは言はず「ふかみぐさ」と詠むが正当なりとか、この詞《ことば》はかうは言はず、必ずかういふしきたりの者ぞなど言はるる人有之候へども、それは根本において已に愚考と異りをり候。愚考は古人のいふた通りに言はんとする
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