行水がすんで、団扇で尻か何か叩く音がする。
 足音がした。南裏の木戸が明いた。
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母はちいさき灯籠とみそ萩とを提げて帰り給へり。
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 今年は阪[#「阪」に「ママ」の注記]本の町が広くなつて草市の店が賑かに出た。
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など話し給ふ。
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 汽車通る。やがて単行の汽鑵車が通る。
 南の家で戸じまりの音がする。
 南東の家で戸じまりの音がする。四隣漸く静まる。
 次の間で麻木を折る音がする。
 上野の十時の鐘が聞える。
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午後十時より十一時迄
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 下り列車通る。
 単行の汽鑵車、笛を鳴らし/\、今度は下つて往た。間も無く上り列車が来た。
 上野停車場の構内で、汽鑵車が湯を吐きながら進行を始める音が聞える。
 蛙の声が次第に高くなる。
 遠くに犬が頻りに吠える。
 門前の犬吠え出す。
 又水汲みに来た。
 東隣では雨戸をしめる。
 又星が見えると独りごち給ふ。
 戸締りの音
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蚊帳を釣り寝に就く
午後十一時より十二時迄
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 枕もとの時計の音のみ聞えて天地は極めて静かな。
 椽側に置いてある籠の鶉、物に驚いたやうにはねる音がする。
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うと/\と眠る。
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 汽車が通つたさうな。
 忽ち表の戸をはげしく敲く音に眼が覚めた。何事かと思へば新聞の配達人が人を起して新聞の不着の言訳をするのであつた。
 十二時の鐘
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午前零時より二時迄起き居る間に
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 鼠の音一度
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聞きしのみ。そよとの風も吹かず。犬の遠吠もせず。動物園のうなり声も聞えず。夜一夜騒く[#「騒く」はママ]鶉も鼠も此夜は騒がず。梅雨中の静かさ、此時星の飛ぶもあるべし。
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底本:「日本の名随筆25 音」作品社
   1984(昭和59)年11月25日第1刷発行
   1999(平成11)年4月30日第17刷発行
底本の親本:「子規全集 第一二巻」講談社
   1975(昭和50)年10月発行
入力:門田裕志
校正:小林繁雄
2003年9月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書
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