を唯一の目的とするをもってこれがためには各人皆臨機応変の処置を取るを肝要《かんよう》とす。防者は皆打者の球は常に自己の前に落ち来《きた》る者と覚悟《かくご》せざるべからず。基人《ベースマン》は常に自己に向って球を投げらるる者と覚悟せざるべからず。
○ベースボールの攻者[#「ベースボールの攻者」に白ゴマ傍点] 攻者は打者《ストライカー》と走者《ラナー》の二種あるのみ。打者はなるべく強き球を打つを目的とすべし。球強ければ防者の前を通過するとも遮止《しゃし》せらるることなし。球の高く揚《あが》るは外観美なれども攫まれやすし。走者は身軽にいでたち、敵の手の下をくぐりて基《ベース》に達すること必要なり。危険なる場合には基に達する二間ばかり前より身を倒《たお》して辷《すべ》りこむこともあるべし。この他特別なる場合における規定は一々これを列挙せざるべし。けだし一々これを列挙したりともいたずらに混雑を加うるのみなればなり。
○ベースボールの特色[#「ベースボールの特色」に白ゴマ傍点] 競漕《きょうそう》競馬競走のごときはその方法甚だ簡単にして勝敗は遅速《ちそく》の二に過ぎず。故に傍観者《ぼうかんしゃ》には興|少《すくな》し。球戯はその方法複雑にして変化多きをもって傍観者にも面白く感ぜらる[#「球戯はその方法複雑にして変化多きをもって傍観者にも面白く感ぜらる」に傍点]。かつ所作の活溌にして生気あるはこの遊技の特色なり[#「かつ所作の活溌にして生気あるはこの遊技の特色なり」に傍点]、観者をして覚えず喝采せしむる事多し[#「観者をして覚えず喝采せしむる事多し」に傍点]。但しこの遊びは遊技者に取りても傍観者に取りても多少の危険を免《まぬか》れず。傍観者は攫者《キャッチャー》の左右または後方にあるを好《よ》しとす。
[#ここから1字下げ]
ベースボールいまだかつて訳語あらず、今ここに掲《かか》げたる訳語はわれの創意に係《かか》る。訳語|妥当《だとう》ならざるは自らこれを知るといえども匆卒《そうそつ》の際|改竄《かいざん》するに由《よし》なし。君子《くんし》幸に正《せい》を賜え。
升《のぼる》 附記
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ](七月二十七日)
底本:「ことばの探偵〈ちくま文学の森14〉」筑摩書房
1988(昭和63)年12月20日第1刷
初出:「日本」日本新
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング