でアリスを伴ってコッカア街の下宿へ帰ったのだったが、この、花嫁を愛するあまりその健康に細心の注意を払う良人《おっと》としての、一見平凡な、そして親切なブラドンの行動は、すべて巧妙に計画されたもので、なにも知らないアリスが、ブラドンの心づくしを悦《よろこ》んで唯々《いい》諾々《だくだく》と医師へ同伴されたりしているうちに、彼女の死期は刻一刻近づきつつあったのだ。実際、殺す直前にこうして一度医者を訪問しておくことは、アウネスト・ブラドンことジョウジ・ジョセフ・スミス―― George Joseph Smith ――の常習的|遣《や》り口であり、彼の犯罪における一つの形式であり、スミスにとってはすでに殺人手続の一|階梯《かいてい》になっていた。それが水曜日のことで、その四十八時間後というから金曜日の夕方である。
 アリス・ブラドン夫人が入浴したいというので、その用意をしておいて、クロスレイ家の人々は、台所に集まって晩飯の食卓につこうとしていた。その前に、風呂の仕度《したく》ができたので、女将のクロスレイ夫人が二階のブラドン夫妻の部屋へ行ってその旨《むね》を告げると、良人《おっと》のアウネスト
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