どき寄稿などをするだけの、いわば無職だった。女は、アストン・クリントンの町に住んでいる石炭商の娘で、アリス・バアナムという看護婦であった。アリスは、健康で快活な田舎娘だったが、ブラドンは、背の高い、蒼白い顔の神経質らしい男だった。二人とも安物ながら身|綺麗《ぎれい》な服装をしていたが、女が確固《しっかり》としているわりには、男は、なまけ者の様子だった。これは後年ロンドン、ボウ街の公判廷で申し立てたコッカア街[#「コッカア街」は底本では「ロッカア街」と誤植]の下宿の女将《おかみ》クロスレイ夫人の陳述である。
 駅に一時預けしてあったすこしの荷物を引き取って、ブラドン夫妻は即日引き移ってきた。翌朝早く、二人は外出の支度《したく》をして、階下へ降りて来た。ちょうどほかの下宿人へ朝飯を運ぼうとしていた女将《おかみ》のクロスレイ夫人に階段の下で出合うと、ブラドンは、どこかこの近所に医者はないかと訊《き》いた。クロスレイ夫人は、引越し早々病気になったのかと思ってびっくりした。
「どこかお悪いんですか。」
「いや。これがすこし頭痛がするというもんですから。」
 ブラドンは新妻《にいづま》のアリスを返
前へ 次へ
全53ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧 逸馬 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング