買Fンダア・ヒル銀行に現われて、預金の全部をおろした。そしてただちにブロックウェル公園の近くにデルフィルド夫人という老婦人の経営する下宿屋を発見して落ち着いたのだが、この家に浴室のあったことはもちろんである。また、二、三日して、チャアルス・オリヴァ・ジェイムス氏が、どこもなんともないアリス・ジェイムス夫人を、近所の医師アレキサンダア・ライスのもとへ同伴して診察を乞《こ》うたことはもちろんである。花嫁の入浴、日用品を買いにちょっと外出したと見せかけたジェイムスの現場不在証明《アリバイ》、浴槽における花嫁の溺《でき》死、アレキサンダア・ライス医師の簡単な死亡証明書、涙の葬《とむら》い等、すべて前の事件と同じであることも、またもちろんである。When they're dead they're dead. 明瞭すぎる事実だ。

        3

 ベシィ・コンスタンス・アニイ・マンディ―― Bessy Constance Annie Mundy ――という長たらしい名の女は、ブリストルのロイド銀行出張所支配人 Reginald Mundy の娘で、三十三歳になる老嬢だった。父の遺産二千五百ポンドを相続していたが、それは後見人《こうけんにん》となっている伯父《おじ》のパトリック・マンデイが保管して、いくつにも分割して確実な事業に投資していたので、ベシイ・コンスタンス・アニイ・マンディの実際の所得は、年利わずかに百ポンドにもつかなった。が、ベシイ・マンディは、明らかに保守的な、内気《うちき》な女だったに相違ない。この少額な年収に満足して財産のことはすべて伯父パトリック・マンディに任せきりにしたまま、自分はほとんど宗教的な、あくまで静かな独身女の生活を守っていた。しかし、ベシイ・マンディも女性なのだし、それに、三十三なら、晩婚の女の多いイギリスあたりではそんなに老嬢《オウルド・ミス》の組でもないので、いつかは彼女の前に現われるであろう騎士を待つ心は無意識にも絶えずあったのだろう。大戦前の都会における女性の冒険といえば、せいぜい下宿屋を移り歩くくらいのものだったが、このベシイ・マンディもそれに倣《なら》って下宿屋から下宿屋へと自由なようで自由でない、なにか素晴らしい興味が待っているようでその実なんら[#「なんら」は底本では「ならん」と誤植]の興味も待っていない、大都会で自分の影を追うような、あの妙にはかない独身者の移転生活を送っていた。このベシイ・マンデイ嬢が、ヘンリイ・ウイリアムズ―― Henry Wiliams[#「Wiliams」は底本では「Wilians」と誤植] ――これも山田太郎的に、変名で候《そうろう》といわんばかりの変名だ。どうもスミスは能のない変名ばかり選ぶ癖があったようだ――に会ったのは、そうしてさかんに引っ越して歩いていた素人《しろうと》下宿の一つであった。これが日本の話なら、さしずめ神田か本郷の下宿の場が眼に浮かんで、舞台の想描も容易なのだが、西洋だって、同じことだ。下宿屋の恋は、急テンポをもって進展するにきまっている。ことにこの場合は相手が職業的「女殺し」ヘンリイ・ウイリアムズである。ベシイ・マンディの探していたものが冒険と退屈|凌《しの》ぎなら、とうとう彼女は、理想的なそれに行き当ったわけだ。しかもとんでもない大冒険の後、ついに彼女は、もう退屈を感じる必要のない場所へ行ってしまった。例によって、裸体のまま¢cDら天国へ旅立ったのである。
 ヘンリイ・ウイリアムズは、背丈《せたけ》の高い、小|綺麗《ぎれい》な紳士だった。敏捷《すばしっ》こく動く眼と、ロマンティックな顔の所有主だったとある。気位《きぐらい》の高いベシイ・コンスタンス・アニイ・マンディ嬢から観《み》れば、いささか教養の点に不満があったようだが、元来性的結合には、なんらの条件が予在しない。それに、こうして下宿屋を移り歩いていたというのは、つまりベシイ・マンディは三十三になっていて、淋《さび》しかったのである。賑《にぎ》やかな讃美者の群に取り巻かれている女王よりも、自分だけの女王の孤独の女のほうが、近代の都会では、より危険率が高いのだ。
 しかし、この時は結婚というところまで漕《こ》ぎつけるのに、ヘンリイ・ウイリアムズもかなりの努力を要したのだった。それはベシイ・マンディが珍らしく古風な、宗教心の強い女だったので伝統的な婚約の期間として、彼はそうとうの日数を待たなければならなかった。が、結局二人はウェイマスへでかけて行って、三日ののち、そこの教会でこっそり式を挙げた。老嬢ベシイ・コンスタンス・アニイ・マンディは、ついに聖なる鎖《くさり》によってヘンリイ・ウイリアムズに継ながれたのである。その時の結婚登録を見ると、女のほうはわかっているが、ヘンリイ・ウイリア
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