いえばお八重は、投げ入れの乾からびている間《あい》の宿、といった感じのする、埃りの白っぽい隣の町で長いこと酌婦奉公をしていた。
このお八重である。長火鉢のことはそれでよかったが、もう三年にもなるのに、峰吉の落胆にまで子供がなかった。もっとも子供は前の女房にもなかったので、峰吉は半ば以上諦めてはいたものの、それでも祭の日なんかに肩上げのした印絆纏《しるしばんてん》を着て頭を剃った「餓鬼」を見ると、峰吉は、植峰の家もおれでとまりだなあと思ったりした。この、子供がないがために、養子とも居候ともつかない茂助が、お八重のはいるまえから、植峰の家にごろごろしていたのだが、茂助は茂助で、いまは十八から十九になろうとして、お湯屋の番台のおとめちゃんを思って、一日に二度も「入湯」して、そしててかてか[#「てかてか」に傍点]光る顔ににきびを一ぱい吹き出さしていた。
「えんやらや、やれこうのえんやらや――」といったわけで、茂助もいい若い者だった。それで峰吉の光りで、消防のほうでも梯子を受持っていた。十長[#「十長」に傍点]、機関[#「機関」に傍点]、鳶[#「鳶」に傍点]、巻車[#「巻車」に傍点]、らっぱ[#「らっぱ」に傍点]などという消防関係の男たちがしじゅう植峰に出入りしていたがみんな意気振れば意気ぶるだけ田舎者ばかりで、ほんとに話せないねえとお八重はすっかり姐御《あねご》気取りで考えていた。
と、お八重に子供が出来たのである。まだ生れはしないけれど、自慢なほど痩せぎすなお八重のことだから、早くから人の眼についた。おいおい、もす――もす[#「もす」に傍点]は茂助の略称である――途法もねえ野郎だ、おめえだろう、おかみさんをあんなにしたのは。だの、もすさんも親方の面に泥を塗って、どうもはやえらいことをやらかしたもんだ、しかし、ああ落ちついてるのが不思譲だなあ、などという声が、十長[#「十長」に傍点]、機関[#「機関」に傍点]、鳶[#「鳶」に傍点]、巻車[#「巻車」に傍点]、らっぱ[#「らっぱ」に傍点]のあいだに拡がって行って、それがお八重の耳にも、茂助の耳にも、最後に峰吉の耳にも這入《はい》った。お八重はくすくす[#「くすくす」に傍点]笑っていたし、茂助は色男めかしてにっこりしたし、最後に峰吉は、黒子《ほくろ》の毛を引っばりながら、重ねておいて四つにするという古い言葉を思出して、ちょっ
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