面を這って、やがて吹き散らされ、水に溶け込むかのように――。
一九〇九年、七月二十六日、ワラタ号は倫敦《ロンドン》へ向けて南亜弗利加ダアバンの港を解纜した。乗組員は船長以下百十九人、船客九十二人。英本国・濠洲間の定期客船で、この時は帰航だった。濠洲を発して此の南亜のダアバンへ寄港したもので、今も言ったように倫敦を指しての復航だから、ダアバンの次ぎの投錨地は、同じく南亜の突端ケエプ・タウンである。新造船で、ロイドの船籍簿にはA1――いの一――の級別《クラス》に登録された当時最新式の優秀船、処女航海を済まし、二度目に濠洲へ行った其の帰りだった。処女航海は何事もなく終り、船長も、その試験航海の成績に特にこれと言う異状は認めなかったが、ただ、何うも大洋へ押し出してすこし暴《し》けて来ると、何となく船の安定が悪いように感じて、この第二回の、そして最後の航海に出航する際も、船長は始終ちょっとそれを気にしていたという。一体、船は人と同じで、デリケイトな有機体だ。兎に角、七月二十六日ダアバンを出帆したワラタ号は、翌二十七日の午前、ワラタより少し小さなクラン・マッキンタイア号に洋上で追い付いている。こ
前へ
次へ
全29ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧 逸馬 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング