故障が起って、跛足《びっこ》を引くような具合に、ぶらぶらやって来ているのだろう。エンジンが参ったり、その為めに応急舵制動機《ジュリイ・ラダア》でも掛けていたりすると、虫が這うように暇のかかるものだから、遅れているのに不思議はない、と、そう話し合って、最初は比較的呑気に構えていた。ところが、二日が三日となり、四日と過ぎても、ワラタ号は、ケエプ・タウン港外の水平線上に浮かび上って来ない。そこで、真剣に騒ぎ出した。船客の家族や友人達が、憂慮に閉ざされてケエプ・タウンの船会社支店へ殺到する。が幾ら訊かれても、会社のほうにも、発表す可き何らのニュウスが這入っていないのである。ワラタ号は、まるで夢の船のように、波の上に掻き消されてしまった。海がぽっかりと口を開けて、船と、其の不幸な人々を呑んだものとしか言い様がない。クラン・マッキンタイア号が、同じ方向の水平線の彼方に去り行くワラタ号を見送った後は、割りに往き来の多い航路なのにも係らず、同船を見かけた船は一隻もないのである。難破船らしい船影を認めたとか、或いは漂流貨物、非常時に船足を速めるために、犠牲に投げ棄てる所謂打荷の破片――そういった、難船につきものの手懸りも、何一つ発見されない。
出帆したダアバンと、到着すべきケエプ・タウンと、二つの港で大騒ぎを演じているうちに、日は経って行く。
2
大颶風の時などには、普段人家に近い海岸に沿って流れてる木片、器具の毀れ等が、遠く沖に攫い出されて、潮の調子で群がって漂流し、素人眼には、宛然《さながら》難船でもあった現場のような観を呈することがあるものだが、この時は、こういう現象さえもなく、ワラタ号の行方は何うにも説明の附けようがないことになった。英国政府は特に駆逐艦を出動させる。その他、南亜海岸防備船、会社の捜索船、ケエプ・タウンとダアバン両市の義勇船隊、海洋関係の諸団体の呈供した夥しい捜索船、沿岸を点綴《てんてつ》する村々から出た漁船の群れ、土人舟に到るまで、南亜の海の全勢力を挙げて大規模の捜査を開始した。これが数箇月続く。が、ワラタ号の神秘を解く可き鍵の瞥見だに獲られない。難船なら難船で、何らかの形でそう認めることの出来る痕跡――例えば漂流物などを発見するのが普通だが、度びたび言う通り、此の場合は何一つそういう手掛りもないのだ。絶望と確定した後も、青錨汽船会社《ブ
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