のクラン・マッキンタイア号が、ダアバンを出港以後のワラタ号を見かけた唯一の船だが、この時は健康なワラタ号だった。当時のことで、両船ともまだ無線の設備はない。モウルス信号の旗を檣頭に靡かせて、海の騎士達は慇懃に挨拶を交換する。
「本船はワラタ号、ケエプ・タウンを指し航行中なり。貴船の船名、及び目的地は?」
「本船はクラン・マッキンタイア号。同じくケエプ・タウンに向う」
「貴船の安全且つ幸福なる航海を祈る」
「感謝。貴船に対し同様に祈る」
海の通行人は礼儀深い。舷々並んだ時、この交驩の国際語を残して、ワラタ号は大きいだけに速力も早いのである。忽ちのうちにクラン・マッキンタイア号を遙かに追い抜き、軈がて水平線上一抹の黒煙となり、点となりて消えて終う。これは、ワラタ号が後に続くクラン・マッキンタイア号の視界から逸し去ったばかりでなく、此の時をもって同船は地球の表面から消え失せたのである。まるで何か大きな手が海を撫でて、船をも人をも、拭い除《と》ったかのように、ワラタ号は未だに消えたまんまだ、測り知れない海の恐怖と、神秘を残して――。
爾来、「SSワラタ」の名はロマンティック――乗っていた人の身になれば余りロマンティックでもないが――海洋怪奇談の随一に挙げられ、詩人の夢によって幾多の詩となり、多くの作家の空想を刺激しては雄大壮麗な海洋冒険小説を生み出している。事実このワラタ号の運命にヒントを得た少年向き物語の中で、明治の末以来日本に飜案紹介されているものも尠くない。
これは後日の事で、さて、話しは、船足の遅いために此の時追い抜かれて、ずっと背ろに取り残されたクラン・マッキンタイア号の上に移る。
先年筆者は、一月元旦に濠洲のシドニイに着き、一月、二月と、われわれの住むこの北半球でいう冬の盛りを彼地で暮らして、南半球の真冬が何んなものであるかを経験している。正確には、それは真冬ではなく、真夏なのだ。赤道を境いに、南北の夏と冬が倒錯する。元日に筆者の発見した濠洲は、眩惑を覚える程強く日光を反射している白い砂浜と、濃い椰子の影との三伏の風景であり、大きな日傘の下に交通巡査が立って、ヘルメット白服の通行人が暑熱に喘いでいるのが、如何にも奇異に感じられたシドニイの街路だった。
南半球では、一月二月は真夏で、七、八が真冬――と言っても、われわれ北半球人が概念するような冬ではないが
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