せて暗く押し黙って並んでいる。No.29 の家もその一つで、円門《ドウム》のような正面の入口を潜《くぐ》ると、すぐ中庭へ出るようにできていた。この中庭から一つ建物に住んでいる多数の家族がめいめいの借部屋へ出入りする。だから、庭の周囲にいくつも戸口があって、直接往来にむかっているおもての扉は夜間も開け放しておくことになっていた。
この界隈《かいわい》は、労働者や各国の下級船員を相手にする、最下層の売春婦の巣窟《そうくつ》だった。といっても、日本のように一地域を限ってそういう女が集まっているわけではなく、女自身が単独ですることだから、一見普通の町筋となんらの変わりもないのだが、いわば辻君《つじぎみ》の多く出没する場所で、女たちは、芝居や寄席《よせ》のはじまる八時半ごろから、この付近の大通りや横町を遊弋《ゆうよく》[#「遊弋」は底本では「遊戈」と誤植]して、街上に男を物色《ぶっしょく》する。そして、相手が見つかると、たいがいそこらの物蔭で即座に取引してしまうのだが、契約次第では自室へもともなう。ハンベリイ街二九番の家には、当時この夜鷹《よたか》がだいぶ間借りしていたので、それらが夜中に客を
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