係員に就いて詳細に聴取するところから、このセンセイショナルな捜査の第一幕は切って落される。
「トランクが着くと直ぐ、警察へ言って呉れりゃあ宜かったのになあ」ライアン刑事が口惜しそうに、「今頃はもう犯人は立派に押さえていたよ」
 然し、アンダスン着荷係が言うには、変な臭いのする荷物が着いたからといって、一いち警察へ報らせていては遣り切れない。世の中には、変った人も多いから、思いもかけない奇抜な品物を思いも掛けない奇抜な包装で送るやつがあるというのだ。魚を鞄へ入れたり、鳥や、そうかと思えば愛犬の死骸などを、大事そうに見事なトランクへ詰めて出したり、――臭い荷物は、日に幾つとなく停車場を通過する。特に今のような狩猟のシイズンには、これは有り勝ちなことで、それにアリゾナ州は狩猟地でもある。勿論、そんな物を簡単な方法で汽車便で送ることは、規則違反ではあるけれど、実際はよくあることなのだった。
 秋の半ばだが、十月といえば、丁度亜米利加の詩ごころをそそる「|土人の夏《インディアン・サンマア》」――所謂日本の小春日で、ぽかぽかと暖い日が続き、陽気を違えて花が咲き出したりする。妙に生暖いのである。閉め切った汽車の温気で、肉類は腐り易い。で、悪臭のする荷物が着くと、必ず駅員が立ち会って、その面前で受取人に開かせた上、異状無しと見て引き取らせることになっているのだ。で、今日もそこまでは進んだのだが、脛《すね》に傷|有《も》つ二人は、鍵を忘れたと称して逃げ去ったわけで、それに、警察への届出の比較的遅れた理由の一つは、駅のほうでは、二人は後刻必ず再び受取りに来るものと、信じて疑わなかったからでもあった。
 それに、チッキ主任ブルッカアは、何うもあの青年の顔に見覚えがあるようだと言う。去年の降誕祭の前後に、何処だったか、この羅府の店で働いていたのを見掛けたことがあるような気がする――。
「ジョウジ・ブルッカアは、もう退けて家へ帰っていますが、何でしたら、そちらへ御案内致しましょう」
 というアンダスンの言葉に、S・Pの探査員ヴァン・ドュ・マアクとトレス刑事が、其の場から直ぐブルッカアの家を訪れた。が、ブルッカアの言は、要するにそれ丈けの事で、いま顔を見れば、無論覚えているが、名前などは知らないというのだ。ところが、このブルッカアが鳥渡した機みで、その青年が停車場へ乗って来た、古いフォウドのロウドスタアの番号を記憶していたのは、この際、刑事連を雀躍せしめるに充分だった。
 捜査の手口は、実に此の自動車番号から解《ほ》ぐれて行く――。
 泥だらけのがたがたフォウドで例の男女二人は、男の運転で、これを駆って逃げるようにS停車場を[#「S停車場を」はママ]離れたと言う。
 其の夕刻ダヴィッドスン警部とライアン刑事は、変死人収容所で、郡警察医A・F・ワグナアの執刀した二人の女の屍体解剖に立ち会った。


 大理石の解剖台の上に、沙漠の国アリゾナから、この灯きらめくロスアンゼルスまで、屍骸の途伴れだったふたりの女の身体が横たわっている。じつに残虐を極めた殺し方だった。若いほうの屍骸は、殊に非道く、不器用に切りさいなんであって、医師でさえ正視に耐えないものがあった。頭部と右の乳房と、左手の中指と三箇処に、拳銃《ピストル》の貫通傷を受けている。多分、最初太腿部の[#「太腿部の」はママ]附根からでも切り離そうとしたものだろうが、その困難なのを発見して諦め、比較的柔かな胸の下から、切断したのだろうと言われた。血液がすっかり流出して、肢体には、まだ腐敗や、崩壊の兆候は認められなかった。
 もう一人の犠牲者は、でっぷり肥った、三十がらみの大柄な女で、このほうの死骸はそっくり完全だった。只一発で殺られたものらしい。弾丸は、左耳下から這入っている。この死体の納まっていたトランクは、貨車に逆さまに積まれて来たものらしく、頭部の弾孔から自由に血が溢れ出て、トランクの底に夥しく溜まり、途中ずっと顔全体血液に漬かって来たので、その為めに、ちょっと人相が判らない程崩れかけていた。

      2

 トランクの中の品物は、長さ十吋程の緑色の柄の附いたナイフと鋸と、両方折畳み式になっている物が一個、血だらけの絨毯の隅を切り取ったもの、コダックの写真、書物が数冊などで有名なオマア・カヤムのルバイヤットも出て来た。手紙のうち数通は、「ヘドウィッグ・サミュエルスン嬢」へ宛てたもので、他の数本は、「アグネス・アン・ルロイ夫人」の宛名になっている。この二人とも、住所はアリゾナ州フォニックス市北二丁目二九二九番地と封筒にあるのだ。
 其のコダックのスナップシャットと照らし合わせて、若いほうの女は、手紙の主「ヘドウィッグ・サミュエルスン」に相違ないと断定された。年取った肥ったほうは、血で顔がうるけていて
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