年十月十七日」
 アリゾナ州フォニックス市にて。
 親愛なウイリアム、
 毎日のように手紙を書きかけては、途中で破いたり、用事が出来て書きつづけられなかったりして、つい御無沙汰に打過ぎました。そちらからは始終お手紙を頂いて、ほんとに感謝して居ります。私この頃とても忙しいんですの。何ていうことなしに夢中で日が経って行きます。
 夕方家へ帰って来ますと、猫を抱いて暫らく寝ますの。眼が覚めると、真っ暗になっています。其の時の寂しさといったら! でも、そんなこと言ってはいられませんから、勇気を出して、一人でお夕飯を食べます。あと片づけをすると、がっかりしてしまいますが、でも毎晩歴史の勉強をしています。それからまた猫を抱いてベッドへ這入りますの。この頃少し肥って参りましたわ。ルロイさんや、サミイと交際しなくなってから、とても気が楽になりました。食慾も随分あります。女中のスウはほんとに好い娘です。それは可愛いんですの。あの頃の私によく似ていると思います。私は自分が可愛かったとは言いませんが、でも、スウのように誰にでも話しかけて、みんなに親切でしたわ。ですけれど私は、何でも自分の思う通りにしなければ承知しない子供でした。今でもそうですが、私は小さい時分から自由を愛していたのです。
 私は寂しいんですの。お帰りになる日をお待ちしています。私はあなたを愛しています。愛の両手であなたをしっかり抱いていますわ。でも私、今夜はすっかり疲れていて、もう愛のことを書く気持ちになれません。一と眠りして身体が休まると、すぐあなたのことを思います。来週の水曜日か木曜日にはお帰りになれませんか。私ほんとにあなたを必要とします。お金もあんまりありませんのよ。或る人に十五弗胡魔化されてしまいました。口惜しくって、くやしくって――でも、この事は考えないことに決めていますの。
 狩りのシイズンで大変です。療養院のお医者さんも、四人で鉄砲をかついで出掛けて行きました。アリゾナの沙漠も、もうすっかり秋景色です。でも鹿は今年とても多いんですって。看護婦達も相談して、医務局の人達に負けずに、狩りに押し出そうかと言っていますの。私も行くとしたら、ちょっとお金が要りますわ。でも、私達のは、ちょっと午後行って、鳩を撃つ位いのものですから、沙漠の強烈な秋陽に照らされて来るばかりです。
 もう晩いのよ。一時ですの。まだ晩御飯を食べていません。二時にもう一度病院へ出掛けて、受持ちの患者を見なければなりません。三時半に帰って来ます。夜の空気を吸うだけで、胸によくないんですけれど、夜勤はいやだなどと言ってはいられませんから――では、これから出掛けます。とても涼しくなりましたわ。早くお帰り下さいまし。でも、お発ちになった時と同じに汚ない家ですのよ。ですけど仕方がありませんわね。お金の詰った樽の二つ三つあるといいんですけど。ほんとに私達はぼろぼろの着物を着て、うす汚れていて、人が見たら吹き出したいように可笑しいでしょうけど、でも、二人で何時までも快活に、歌を歌ってこの人生を進みましょうね。
 あの陽気な節の「あなたと私と二人で肩を並べて」の歌を!
 二人は愛し合っているんですもの。
[#天から17字下げ]ルウスより
[#天から3字下げ]加州サンタ・モニカ十七丁目八二三番地
[#天から5字下げ]ウイリアム・C・ジュッド様


 これが兇行後間もなく良人へ書き送った「沙漠の女虎」ルウス・ジュッドの手紙なのだ。神経が太いというのか、何ていうのか、矢張り少し何うかしているように思う。が、原文には、一脈の哀愁が漂っているようで、変に人を打つものがあるのである。
 ルウスが良人を愛していて、二人の夫婦仲の好いことは、ジュッド氏の言う通りに相違なかった。八月十七日附の彼女の手紙なども、提出されて、この点は明瞭に裏づけられた。
 それは、若い女が恋人へ送るような手紙で、あなたの居ない生活は空虚だの、今はこの通り貧乏だが、いずれ私の力でよくして見せるだのと、書いてある。
「どうぞ本当に長く生きて下すって、いつものように私をからかって、一寸怒らしたり、馬に乗って野原に出たり、それから夜はお互いに読んだ小説を話しっこしましょう。あなたは私の生命の一部です。私に一番近いもの、というよりも、あなたは私自身なのです。
 静かにあなたの腕の中にいる――私にとってそれ以上の幸福はありません。あなたはお話しが上手で、そして、歌がお得意ですわね。あの、青い鳥の歌。そして一緒にドライヴに出ますの。それらはみんな私にとって大事なもので、その一つでも失うことを考えると、私は気が違いそうです。今この手紙を書いている私は、眼が涙で一杯で、タイプライタアが見えません。私は何も食べられませんし、ちっとも眠れませんし、何をすることも出来ません」
 
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