真夜中のことで、ぐっすり眠っていた青年を叩き起して訊いてみると、それがまたその車を売り払った後だというので、
「二、三週間前に、バアトン・マッキンネルっていう若い男へ譲ってやりました。そいつの住所ですか。ビヴァリイ谷《グレン》の二一一一番地だったと思いますが――」
で、その足でビヴァリイ谷の家へ出掛けてみると、つい数刻前まで人の居たらしい気配が残っていて、台所の卓子《テエブル》の上にサンドウィッチと、レモン・パイの半分這入った紙袋などが置いてある。急の客のために慌しく食事を出す必要があって、こんな物を買って来たらしく思われるのだ。ドュヴァル巡査という人が、見張りに、その留守の家に残されることになる。誰でもやって来た者は、直ぐ捕まえるようにという命令で。
十時頃、あの、フォニックス市警察から供給された材料で、刑事の一隊が、サンタ・モニカのジュッド医師のアドレスを検べに行くと、ここには思い掛けない非常な効果が一行を待っていた。ジュッド医師の実妹ケリイ・ジュッドというのが玄関に現れて、何ら隠すところなく兄のジュッド医師と、その義弟――ルウス・ジュッド夫人の実弟――バアトン・マッキンネル青年とが、丁度家に居るというのだ。早速この二人とケリイ・ジュッドを連行して、一同は羅府へ引き上げて来る。バアトン・マッキンネルは正直に、姉を自動車へ乗せてS・P停車場へトランクを受取りに行ったと告白した。
が、バアトンの正直なのは其処までで、後は、知らぬ存ぜぬの一点張りである。身長《せい》の高い、ラグビイ選手タイプの好青年で、勿論、姉の怖るべき犯罪を識り、懸命に匿っているものに相違ない。
「いま姉が何処にいるか、僕は知らないんです。知っていればお話ししますけれど」
「じゃあ兎に角、停車場へ一緒に行った時のことを詳しく話してみるがいい」
ダヴィッドスン警部が訊問に当る。此の人が、このルウス・ジュッド――「アリゾナの女虎」――事件の捜査係長だったのだ。
「詳しくと言ったって、今日のことは簡単です。別に申上げることはありません。今朝、私の通っている南加大学の教会へ行って出て来ますと、姉が戸外に立って待っていたのです。何だか非常に興奮しているようでした。そして、言うには、急用があって、今アリゾナから着いた許りだが、停車場にトランクが二つ預けてあるから、僕に、自動車を持って一緒に受取りに行って呉れと言うんです」
何うも様子が変なので、よく問い質してみると、其のトランクを一刻も早く処分しなければならないという姉の言葉である。バアトンは可怪しいと思ったが、兎に角、言われる儘に自動車を引き出し、姉を乗せて停車場へ向った。途中ルウスが、その二個のトランクを海へ持出して沈め度いのだが――と言い出したので、これにはバアトンも吃驚して、色いろ理由を訊ねたけれど、ルウス・ジュッド夫人は、肝心の事は弟にも打ち明けなかった。
これは何か訳があるとは思ったが、何も訊かずに姉のために働く気になったバアトン・マッキンネルは、駅の手前でちょっと車を停めて、綱《ロウプ》を買った。トランクを沈めにかける時に、こいつで縛ろうというのだ。が、停車場へ行って荷物を見ると、バアトンも仰天したという。トランクの廻りに、蠅がぶんぶん唸って飛んでいた。
「後は御承知の通りです。駅の荷物部屋で開けられそうになったので、鍵を忘れて来たと言って逃げたのでした」
停車場を離れて小一町も走らせると、金を持っていないかとルウスがバアトンに訊いた。五弗しか持合わせがなかったので、バアトンはそれだけ姉へ渡して、すぐ何処かへ飛んで潜んでいるようにと言うと、ルウスもその気になって、急に狼狽て出した。
「で、僕は、七丁目と広小路《ブロウドウエイ》の角で、自動車を停めて、姉を下ろしたんです。ルウスは直ぐ下町の雑沓に消えて行きました。それっきり会いませんし、ほんとに、何処へ行ったか知らないんです」
「何時お前は、義兄のジュッドさんに会いに、サンタ・モニカへ行ったのか」
「先刻です。九時半頃出掛けました。ことによると、もうあっちへ警官が廻っているかも知れないと思ったのですが、義兄の妹のケリイが台所に食事していて、まだ何も知らない様子でした。ジュッドさんは、風邪を引いて二階に寝ていましたが、すぐ下りて来て、三人で台所で胡桃を割って食べ乍ら話していたんです。そのうちに僕は、兄をそっと別室へ呼んで、今日のルウスの不思議な行動をすっかり話しました。良人ですから、きょうジュッドさんのところへルウスから電話でも来たかと思って訊いてみましたが、何も言って来なかったそうです。もう其の頃は、夕刊に、出て騒ぎになっていたんですが、義兄《あに》は未だ何も聞いていない風でした。そこで僕が戸外の自動車へ引っ返して、その夕刊を持って来て見せますと、
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