》を通りながら、すこしも気のつかないことさえあった。が、最後に、ひとり離れて身長《みたけ》ほどもある葦《あし》を分けていた一警官が、偶然、草むらの水上に隠れている古いボウトを発見した。子供は、寝かされてでもいるのか、見えなかった。髯《ひげ》だらけの男がふたり、ボウトの上から野獣のような眼をして警官を見返していた。夕方のことである。相互から同時に発砲していた。
が、音を聞いて、付近にいあわせた人々が駈けつけた時は、もう葦《あし》がボウトを呑《の》んでしまったあとだった。まったく、あっという間のことだ。一同はすぐに、胸まで水に浸《つ》かって追跡に移ったが、すでにボウトは、迫る夕靄《ゆうも》と立ち昇る水靄《みずもや》にまぎれて、影も形もなかった。
しかし、この出来事は、すっかりモスタアとダグラスの心胆《しんたん》を寒からしめたものとみえる。彼らはいよいよ危険を感知して、その夜のうちに狼狽《あわ》てて陸へあがったらしい。水辺にばかり気を取られていた捜査線を見事に突破して、闇黒《くらやみ》とともにいずこへともなく逃走してしまった。たぶんチャアリイを伴《つ》れたまま。
夜明けに、捜索隊の一部が、昨夜発見の地点から四マイルを隔てた小川の岸に、乗り棄てられた空のボウトに往《ゆ》き当った。そのボウトと並んで、離れないように強い糸で縛った、一隻の玩具《おもちゃ》の小舟が浮かんでいた。玩具《おもちゃ》といっても、木の幹を小刀《ナイフ》一本で削《けず》って、どうやら舟の形に似せたもので、土人の細工《さいく》物のように不器用な、小さな独木舟《まるきぶね》だった。兇漢の一人がチャアリイのために骨を折って、何日かの大騒ぎののち、やっと作り上げたものであることがわかる。それを浮かべて、大喜びで遊んでいるチャアリイの様子が眼に見えるようだ。一同はこの可愛い「手がかり」の拾得《しゅうとく》に、いまさらのように新しい涙の微笑を禁じ得なかった。
自家《うち》にあっては、どんな高価な、精巧な玩具《おもちゃ》をも手にすることのできる富豪の愛児である。それが誘拐《ゆうかい》されて屋根のないボウトに棲《す》み、何カ月も風雨に曝《さら》されて、こんな物をただ一つの玩具《おもちゃ》に一人で遊んでいたのだ。このチャアリイの舟を見た時は、子供を持つ警官はみんな眼をうるませたという。無理もないと思う。それよりも面
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