フ欠点の多きと、我国俗民情に適せざるものあるとの理由に基づいて、竟にその実施を延期し、これを改修することとなり、明治二十五年十一月法律第八号をもって明治二十九年十二月三十一日までその施行を延期することとなった。これにおいて、翌年三月、内閣に法典調査会を置かれることとなったが、伊藤総理大臣は総裁となられる予定であったから、先ずその始めに副総裁たるべき西園寺公望《さいおんじきんもち》侯、および委員に擬せられたる箕作麟祥博士を始め、数名の法律家を永田町の官邸に招いて大体の方針を諮問せられた。その時我輩が伊藤伯の命に依って上申した法典調査に関する方針意見書の大体は、(一)民法の修正は、根本的改修なるべきこと、(二)法典の体裁はパンデクテン式を採用し、サキソン民法の編別に拠るべきこと、(三)編纂の方法は分担起草、合議定案とすること、(四)委員は主査委員中に起草委員、整理委員を置き、起草委員は一人一編を担任し、総則編および法例はこれを兼担することを得ること、(五)各起草委員に補助委員を附すること、(六)委員には各学派は勿論弁護士、実業家などを加うべきこと、(七)議案は事務に関する議案、大体方針に関
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