ネった。

  七 戦後における両学派

 商法民法の実施断行および延期修正の論戦は、大体右に述べたような成行であるが、明治二十三年における商法延期戦は、言わば天下分け目の関ヶ原役であって、これに次いで当然起るべくして起った二十五年の民法商法延期戦は、あたかも大阪陣の如きものであったのである。天下の大勢は関ヶ原の一戦に依って既に定ったものの、なお大阪の再挙はどうしても免れることが出来ない勢いであったのである。そしてこの大阪陣を経て始めて大勢一に帰したのである。
 また右に述べたるところに依れば、延期戦は単に英仏両派の競争より生じたる学派争いの如く観えるかも知れぬが、この争議の原因は、素《も》と両学派の執るところの根本学説の差違に存するのであって、その実自然法派と歴史派との争論に外ならぬのである。由来フランス法派は、自然法学説を信じ、法の原則は時と所とを超越するものなりとし、いずれの国、いずれの時においても、同一の根本原理に拠りて法典を編纂し得べきものとし、歴史派は、国民性、時代などに重きを置くをもって、自然法学説を基礎としたるボアソナード案の法典に反対するようになったのは当然の事である
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