フであるから、断行派が二年の後を俟《ま》ち、捲土重来して会稽の恥を雪《すす》ごうと期したのは尤も至極の事である。また延期派においては、既にその第一戦において勝利を占めたことであるから、この勢に乗じて民法の施行をも延期し、ことごとく既成法典を廃して、新たに民法および商法を編纂せんことを企てた。故にその後は何となく英仏両派の間に殺気立って、「山雨来らんと欲して風楼に満つ」の概があった。果せるかな。明治二十五年の春に至って、江木衷《えぎちゅう》、奥田|義人《よしと》、土方寧《ひじかたやすし》、岡村輝彦、穂積|八束《やつか》の諸博士を始め、松野貞一郎君、伊藤|悌次《ていじ》君、中橋徳五郎君等法学院派の法律家十一名の名をもって「法典実施延期意見」なるものが発表せられた。右の意見書は、翌年一月一日より施行さるべき民法の実施期日を延べ、徐《おもむ》ろにこれを修正すべしとの趣意であったけれども、その延期の理由として挙げたる七箇条は、民法を根本的に攻撃した随分激烈な文字であったことは、その題目を一見してもこれを知ることが出来る。曰く、
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一 新法典ハ倫常ヲ壊乱ス。
一 新法典ハ憲法
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