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この論争というは、商法民法両法典の実施断行の可否に関する争議であった。即ち明治二十三年三月二十七日に公布せられて、その翌二十四年一月一日より施行せらるべきはずの商法と、および明治二十三年三月二十七日および同年十月六日の両度に公布せられて、明治二十六年一月一日より施行せらるべきはずの民法とには、重大な欠点があるから、その実施を延期してこれを改修しなければならぬとの説と、これに対して、両法典は論者の言う如き欠点の存するものでないのみならず、予定期日においてその実施を断行するは当時の急務であるという説との論争であった。
右の争議に関しては、後ちに述べる如く、当時イギリス法律を学んだ者は概《おおむ》ねみな延期派に属し、フランス法律を学んだ者は概ねみな断行派に属しておったから、この延期戦の真相を説明するためには、予め商法民法編纂の経過と、当時我邦における法学教育の状況とについて一言する必要がある。
二 民法商法の編纂
明治維新の後《の》ち、政府は諸般の改革を行うと同時に、鋭意諸法典の制定に着手した。これは素《もと》より維新以後における政事上の改革および国情民俗の急激なる変遷に伴
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