Reigesberg)と結婚して、一家をなすこととなったが、前にも一言した如く、氏がこの好配偶を得たのは、実に国際法の起源史に重大なる関係を有する事になったのである。
 一六一三年、氏はオランダ政府の命令を蒙って英国に使したが、その後ち帰国してみると、当時オランダにては、アルメニアン教徒とゴマリスト教徒との紛争激烈を極め、ために国内甚だ混乱の状態であった。
 本来グローチゥスはアルメニアン派に属しておったが、当時オランダ総督たりしモーリス公は、ゴマリスト党に与《くみ》して、兵力をもって憲法を破毀し(Coup d' etat[#「etat」の「e」はアクサン(´)付き])、グローチゥスら反対派の人々を捕えて獄舎に下し、グローチゥスの財産は、ことごとくこれを没収して、氏をば終身禁錮の刑に処し、ゴルクム町より程遠からぬローフェスタイン城に幽閉してしまった。その幽閉中は、政府は食料として毎日僅に二十四スー(我四十五銭六厘ほど)を給与するに過ぎなかったが、氏の夫人マリアは、その夫が、自己の政敵にして且つ迫害者たる総督政府から供給を受けることを屑《いさぎよ》しとせずして、自らこれを差入れることとし
前へ 次へ
全298ページ中174ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
穂積 陳重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング