部であるとしておった。しかるにマイスネル博士(Dr. Meissner)はこの破片を精密に研究した結果、この破片の法文はその文体より推すも古バビロン時代に属するものなることを知り、一八九八年にその説を発表して、この破片の本体たる法典はアスールバニパル時代のものに非ずして、バビロン王統の初期に属するものであろうと言うた。その翌年に至ってデリッチ博士(Dr. Delitzsch)は、マイスネルの考証に賛成し、さらに一歩を進めて該法典はバビロン建国第一期時代の英主ハムムラビ王が当時の法律を集めて編纂したものであろうとの推測をなし(Delitzsch, Zur juristischen Literatur Babiloniens−Beitraege. Zur Assyriologie. Bd IV S.80.)[#「IV」はローマ数字の4]、コード・ナポレオンの称呼に倣って、コード・ハムムラビという名称をさえ定め用い、他日必ずバビロンの遺址中においてその全部を発見する時があるに違いないと予期しておった。しかるにデリッチがその説を発表した後ち未《いま》だ僅に三年を経ざる内に、その予期に違《たが》わず、この法典の全部を発見し、且つそのハムムラビ法典なりとの予言も的中したのは、実に感歎すべき事実である。
 この発見は、これより半世紀以前に、ルヴリエール(Leverieres)が天王星の軌道の変態を観て、必ず数万里外の天の一方において引力を天王星の軌道に及ぼす一大惑星の存在することを予言し、その予言が果して的中して、予測されたる天空の一度内において海王星が発見せられたのとほぼその趣を同じうしている。そしてハムムラビ法典の発見の法学におけるは、海王星の発見の星学におけると、その重要なる点において毫《ごう》も異なる所はないのである。

  四 石柱法

 ハムムラビ法典は円形の石柱に彫刻せられたものである。一九〇一年の十二月末日に、先ず石柱の破片一個を発掘し、次いで翌年一月の初めに二個の破片を発掘したが、この三個の破片を合せて見ると、一の円柱の全形をなし、その高さは二メートル二十サンチ、その周囲は上部において一メートル六十五サンチ、下部において一メートル九十サンチで、ほぼ棒砂糖の形をなし、上部に至るに従って細くなっている。故にその高さは通常人が立って碑文を読むに便利な位に出来ている。この円柱の石質はデオライトという極めて堅い石であって、小藤教授の言に依れば、この石は日本では「緑石」といい、筑波山などは、これから出来ているということである。
 石柱の両面に楔形文字が彫り付けてある。表面は二十一欄に分ち、一欄毎に六十五行乃至七十五行の文を刻し、裏面は二十八欄に分ち、一欄毎に九十五行乃至百行の文を刻し、両面において総計三千余行の楔状文字が刻せられているのである。探検隊がこの碑文を読んでみると、これこそかの有名なるバビロン王ハムムラビの法律であって、総計二百八十二条の法規が彫り附けてあるが、そのうち表面の五欄にあった第六十六条乃至第九十九条は、後に鑿除《さくじょ》せられたように見えて、現今読み得べきものは二百四十八条だけである。その後ちシェイル氏は前にいうたブリチシ・ミュージアムにある粘土記録の破片からその削り去られた法文中の三箇条を見出してこれを填捕《てんぽ》した。この三十四箇条を削り取ったのは何故であるかは確《しか》と分らぬが、多分後にバビロニアを征服したエラム王のスートルーク・ナクフンテ(Sutruk Nakhunte, 1100 B.C.)が、戦勝の記念文を彫り附けさせるために削ったものであろうと言われている。ド・モルガン氏はこの石柱の外になおバビロン王の記念碑五個をスザにおいて発掘したが、いずれもその一部分を削ってそこにスートルーク・ナクフンテ王の名が彫り附けてあった。これに依って見ると、ド・モルガン氏の発掘したところは、ちょうど戦勝記念博物館のような所であったろうということである。
 この石柱は始めシッパール(Sippar)のエバッバラ(Ebabbara)という所の、日の神の神殿の前に建っておったものであるが、紀元前一一〇〇年の頃エラム人(Elamite)の王スートルーク・ナクフンテがバビロンを征してこれに勝った時、戦利品としてこの石柱をスザに移したものであるということである。
 ハムムラビの石柱法は所々に建てられたものであって、スザで発見されたこの石柱の外にも数個あったらしい。既にスザでも第二の破片が発見され、またバビロンのエサジラの神殿前にも建てられておったということである。
 右の石柱の表面の上部には、日の神シャマシュ(Schamasch)の像が浮彫にしてある。日の神は頭に四層冠を戴いて王座に着き、肩の辺より左右に三条ずつの後光を発し、
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