どのようである。その他は悉《ことごと》く「※[#「※」は「□偏」、169−6]」篇が附けてある。例えば、
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Bail 友揖《バイ》、 賃貸、 ※[#「※」は「□+敗」、169−7]《バイ》
Donation 陀納孫《ドナシ[#「シ」の右上に小さな四角あり]オン》、 贈与、 ※[#「※」は「□+草冠の下に屯(上に突き出ない字体)」169−8]を置いたもの]《ドアン》
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などのようである。当時このような事が実行せられようと思うて、数年間多大の労力と費用とを費して、大きな餅を画いたのは、余程面白い現象といわねばならぬ。
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四八 法律の学語
現時用いている法律学の用語は、多くはその源を西洋の学語に発しておって、固有の邦語または漢語に基づいたものは極めて少ないから、洋学の渡来以後、これを翻訳して我邦の学語を鋳造するには、西学輸入の率先者たる諸先輩の骨折はなかなか大したものであった。
無精者を罵って「竪のものを横にさえしない」というが、堅のものを横にしたり、横のものを竪にしたりするほど面倒な仕事はないとは、和田垣博士が「吐雲録」中に載せられた名言である。蘭学者がその始め蘭書を翻訳したときの困難は勿論非常なものであったが、明治の初年における法政学者が、始めて法政の学語を作った苦心も、また実に一通りではなかった。就中《なかんずく》泰西法学の輸入および法政学語の翻訳鋳造については、吾人は津田真道、西周、加藤弘之、箕作麟祥の四先生に負うところが最も多い。津田先生の「泰西国法論」、西先生の「万国公法」、加藤先生の「立憲政体略」「真政大意」「国体新論」および「国法汎論」、箕作先生の「仏蘭西六法」の翻訳などに依って、明治十年前後には邦語で泰西の法律を説明することは辛《かろ》うじて出来るようになったが、明治二十年頃までは、邦語で法律の学理を講述することはまだ随分難儀の事であった。
我輩が明治十四年に東京大学の講師となった時分は、教科は大概外国語を用いておって、或は学生に外国書の教科書を授けてこれに拠って教授したり、或は英語で講義するという有様であった。それ故、邦語で法律学の全部の講述が出来るようになる日が一日も早く来なければならぬということを感じて、先ず法学通論より始めて、年々一二科目ずつ邦語の講義を増し、明治二十年の頃に至って、始めて用語も大体定まり、不完全ながら諸科目ともに邦語をもって講義をすることが出来るようになったのであった。
かくの如く法学をナショナライズするには、用語を定めるのが第一の急務であるが、諸先輩の定められた学語だけでは不足でもあり、また改むべきものも尠《すく》なくなかったので、明治十六年の頃から、我輩は宮崎道三郎、菊池武夫、栗塚省吾、木下広次、土方寧の諸君と申合わせて、法律学語の選定会を催したのであった。その頃九段下の玉川堂が筆屋と貸席とを兼ねておったが、その一室を借りて、ここで上記の諸君と毎週一回以上集会して訳語を選定したのであった。また一方にあっては、明治十六年から大学法学部に別課なるものを設けて、総《す》べて邦語を用いて教授することを試みた。
かような経験があるから、我輩は法政学語の由来については、一通りならぬ興味を持っている。故に今、我輩の記憶を辿って、重《おも》なる用語の由来について、次に話してみようと思う。勿論、中には記憶違いもあろうし、また遺漏も少なくあるまいが、これに依って法律継受の経路の一端を窺うことは出来るであろうと思うのである。
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四九 法理学
明治三年閏十月の大学南校規則には「法科理論」となっている。あまり悪い名称ではない。我邦の最初の留学生で泰西法律学の開祖の一人なる西周助(周《あまね》)先生は、文久年間にオランダで学ばれた学科の中Natuurregtを「性法学」と訳しておられる。司法省の法学校では「性法」といい、またフランス法派の人はこの学科を「自然法」とも言うて居った。明治七年に始めて東京開成学校に法学科を設けられた時には、この学科を置かれなんだが、翌年に「法論」という名称でこれを置かれた。それから明治十四年に我輩がこの学科を受持つようになって考えてみると、仏家に「法談」という言葉もあって、「法論」というと、何だか御談義のようにも聞えて、どうも少し抹香臭いように感じ、且つ学名としては「論」の字が気に入らなんだから、これを「法理学」と改めた。尤もRechtsphilosophieを邦訳して「法律哲学」としようかとも思ったが、哲学というと、世間には往々いわゆる形而上学《メタフィジックス》に限られているように思っている者もあるから、如何なる学派の人がこの学科を受持っても差支ない名称を選んで、法理学としたの
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