さんずい+得のへん」、第4水準2−78−68]此※[#「敬/手」、第3水準1−84−92]霜青雀深可託
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つまりその意味は、柿の実が成るまでにはいろいろと苦心を経ている、一見弱々しそうな枝であるが、苦労を経た枝であるから目白もよくそれを知っていて、自分の身を深く託し得られるのだ、というのである。
新羅山人の経歴については深く調べたことはないが、明末清初の画人で、狷介不羈の風格であったことが知られている。明の皇帝から受けた殊遇を忘れず、清朝に代ってからしばしば礼を厚くして招かれたが、飽くまでも二君に仕えることを肯んぜず、清貧に甘んじて一生を終ったといわれている。学者としても聞えた人であったが、余りに奇骨稜々たる性格で、しばしば天を仰いで哭するというようなことがあり、時人が目して狂者としたというようなことも伝わっている。
とにかくそうした人であったから、この絵にもよくその気持が現われているのである。自分は明の遺臣であって今更清朝に仕えようとは思わない、自分は他日明朝が再興する日を待って身を託そうとするばかりである、という意味が自ずから窺われて、惻々とその風格に接するの思いがあるのである。私は元来新羅山人の作品が好きであるが、それは単に絵がうまいばかりでなく、常にそうした気持が画題に含まれて、そこに滾々《こんこん》たる興味が尽きせぬからである。
新羅山人のこの場合の感慨は、要するにその作品のエスプリである。したがってこの絵を見て、ただ柿の枝に小鳥が止っている、構図がいい、筆意がいい、というのだけでは、未だこの絵を充分に理解したとは言い得ないのである。画題の意を掬み、作者の気持と自分の気持を一つにして、始めて正しい読画ができるのである。
新羅山人の複製は家にあと二枚あって、時々懸け換えるのであるが、他の一作には
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孤煙双鳥下幽趣迫疎林
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と書かれている。この図は左から斜めに出た小枝に鶺鴒《せきれい》が二羽飛び下りざまに止ったところを描いてあるだけで、これまた極めて簡単な図柄であるが、枝には風のそよぐ感じが出ているし、鶺鴒の頭の毛が細かに揺れて、いかにもスッと止ったという感じが出ている。画題にある孤煙というのは炭焼の煙でもあろうか、画面には煙の一筋も描かれていないが、画面右の空白の部分にいかにも孤煙の細くなびいているさまが想像されている。うっかり見るとただ単に花鳥を描いたとしか見えないが、画題を読むことによって、それが深山の幽趣を描いたものであることを知り、興趣は更に湧然として尽きぬのである。
今一つの新羅山人画には次の如き画題がある。
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周到白頭情更好
一双高睡海棠春
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これまた海棠と白頭鳥を描いたものであるが、そこには老来伉儷相和するの意が寓されていることを知るのである。
東洋画には東洋画の伝統があるように、油絵にはまた油絵の伝統的精神が厳存する。イタリアに始まりフランスが継承したラテン精神がそれである。油絵を描くにはやはりその伝統を見ることが大切である。日本精神だけでいくら油絵を描こうとしても、それは無理である。
油絵を描く場合においても、根本のエスプリは作者が日本人であるという事実を絶対に離れることはできないが、同時に油絵の伝統そのものにも眼をふさぐわけにはいかない。単に技術の上で学ぶべきものがあるという意ばかりでなく、その伝統精神の中からわれわれは大いに栄養とすべきものを摂取しなければならないと考える。
どういう意味でいうのか知らないが、日本の美術も進歩した、誰彼の如きはフランスへ持って行っても優に一流の作家と肩を並べて恥ずかしくない位の実力を持っている、などという人があるが、私には到底そんなことは考え得られない。今度の事変では皇軍の強いことが改めて世界にはっきり認められたが、美術ももちろんそうあるべきことを熱望はしても、私の見るところでは、美術は未だそこまで行っているとは思えない。油絵は固よりであるが、日本画もその日本的な特色を離れて見ると案外幼稚であるように考えられる。戦争の場合における程、無条件に日本の美術を高く見ることは私にはできないのである。
日本画の伝統について見れば、もちろん古人には幾多の優れた人がいるが、現代日本美術の水準は、日本画、洋画押しなべて世界第一流のものとは直ちに断定し得ないのである。いくら自分で世界一の美術だと称しても、押しの一手だけでは世界を承服せしむることはできない。皇軍の定評は、そこに儼たる実力が伴っているからであって、日本の美術が世界一になるためにはやはりそれだけの実力を持たなければならぬ。われわれはその押しを利かせるだけの実力を、すべからくわ
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