丈《だ》けの体動なくしては、食物こそ却て発育の害なれ。田舎の小民の子が粗食大食勝手次第にして却て健康なる者多し。京都大阪辺の富豪家に虚弱なる子あれば、之を八瀬大原《やせおおはら》の民家に託して養育する者ありと言う。田舎の食物の粗なるは勿論のことなれども、田舎の物を食して田舎風に運動遊戯すれば、身体に利する所は都会の美食に勝るものあるが故なり。左《さ》れば小児を丈夫に養育せんとならば、仮令《たと》い巨万の富あるも先ず其家を八瀬大原にして、之に生理学問上の注意を加う可きのみ。
一 尚《な》お成長すれば文字を教え針持つ術を習わし、次第に進めば手紙の文句、算露盤の一通りを授けて、日常の衣服を仕立て家計の出納《すいとう》を帳簿に記して勘定の出来るまでは随分|易《やす》きことに非ず。父母の心して教う可き所なり。又台所の世帯万端、固《もと》より女子の知る可き事なれば、仮令い下女下男|数多《あまた》召使う身分にても、飯の炊きようは勿論、料理献立、塩噌《えんそ》の始末に至るまでも、事|細《こまか》に心得置く可し。自分|親《みず》から手を下さゞるにもせよ、一家の世帯は夢中に持てぬものなれば、娘の時より之に慣るゝこと大切なりと知る可し。
一 前条は学問と言う可き程のことにあらず、貴賤貧富に論なく女子教育の通則として、扨学問の教育に至りては女子も男子も相違あることなし。第一物理学を土台にして夫れより諸科専門の研究に及ぶ可し。之を喩《たと》えば日本の食物は米飯を本《もと》にし、西洋諸国はパンを本にして、然る後に副食物あるが如く、学問の大本は物理学なりと心得、先ず其大概を合点して後に銘々の好む所に従い勉む可きを勉む可し。極端を論ずれば兵学の外に女子に限りて無用の学なしと言う可き程の次第なれども、其勉学の程度に至りては大に注意す可きものあり。第一女子は家の内事を司《つかさ》どるの務《つとめ》あるが故に学事勉強の暇《いとま》少なし。是れは財産の問題にして、金さえあれば家事を他人に託して独り学を勉む可しと言うも、女子の身体、男子に異なるものありて、月に心身の自由を妨げらるゝのみならず、妊娠出産に引続き小児の哺乳養育は女子の専任にして、為めに時を失うこと多ければ、学問上に男子と併行す可らざるは自然の約束と言うも可なり。殊に我日本国に於ては、古来女性の学問教育を等閑《なおざり》に附して既に其習慣を成した
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