いた靴を片っ方と、フィツロイ・シムソンのを一つと、それから白銀の蹄鉄の型を一つ持って来ました」
「ほう! それあ大出来でしたな、グレゴリさん!」
 ホームズは鞄を受取って凹みの底へ降りて行き、莚を真中の方へやってその上に腹這いになり、両手に顎をのせて眼の前の踏みにじられた泥を注意深く研究していたが、突然、
「や、や、これは何んだ?」
 と叫んだ。
 ホームズの発見したものは泥がついて、ちょっと見ると小さな木の枝か何かのように見えたが、蝋マッチの半分ばかり燃え残ったものであった。
「はて、どうして私はそんなものを見落しましたかな」
 と、警部は少し苦い顔をした。
「泥に埋《うず》もれていたから分らなかったんですよ、私はこいつを探すつもりでいたから見つかったんです」
「えッ! 初めからあるものと思って探しにかかったんですか?」
「あってもいいはずだと思ったんです」
 ホームズは鞄から靴を出して、それを泥の上の型に一つ一つ合せてみた。それから凹みの縁《ふち》へ上って来て、羊歯や灌木の間をうろうろと這い廻った。
「もう何んにもありゃしますまいよ」 
 警部はその後姿を眼で追いながらいった。
「百ヤード四方は私が念入りに調べてみたんですからな」
「ですがね」
 ホームズは起き上って、
「あなたがそうまで仰しゃるのを探し廻るのは失礼ですから止めましょう。その代り日が暮れるまでこの荒地《あれち》を少し散歩してみたいと思います。そうすれば明日の調べには地理が分って好都合ですから。それからこの蹄鉄は幸運のお呪《まじな》いにポケットへ入れて行きましょう」
 ロス大佐はさっきから、ホームズの組織的な調べ方にあきあきしていたらしく、この時時計を出してみていった。
「警部さんは私と一緒にお帰りを願いたいですな。あなたに御相談願いたいことがいろいろありますから。そして白銀の名を今度の競馬から取除いてもらうことが、公衆に対する義務ではないかと思うもんですからな」
「その必要は絶対にありません」
 ホームズが傍からはっきりといい切った。
「名前をそのままにしておくだけのことは必ず私がして上げます」
 大佐は一礼して、
「そのお言葉を承わるのは非常に欣快です。私達はストレーカの家でお待ちしますから、散歩がおすみでしたらお帰り下さい。御一緒にタヴィストックへ馬車で帰りましょう」
 大佐はグレゴリ警部と
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