らばすなわち全国学問の事においても、教育の針路を定めて後進の学生を導き、文を教え芸学を授くる者は、必ず少年の時より身みずから教育を受けて、また他人を教育し、教場実際の経験ある者にして、はじめてその任にあたるべし。すなわち学者をして学問教育の事を司らしむべきゆえんなれども、また一方より見れば、全国の教育事務はひとり学者のみに任すべからず。これを管理してその事を整斉せしむるには、行政の権力を用いて、いわゆる事務家の働に依頼せざるをえず。
学者が政権によりて学問を人に強《し》いんとし、事務家が学問の味を知らずして漫《みだり》にこれを支配せんとするは、軍人が海陸軍の庶務をかねて、庶務の吏人が戦陣の事を差図せんとするに異ならず。両《ふたつ》ながら労して効なきのみならず、かえって全国の成跡を妨ぐるに足るべきのみ。海陸軍の医士、法学士、または会計官が、戦士を指揮して操練せしめ、または戦場の時機進退を令するの難きは、人皆これを知りながら、政治の事務家が教育の法方を議し、その書籍を撰定し、または教場の時間、生徒の進退を指令するの難きを知らざる者あらんや。我が輩の開陳するところ、必ずしも妄漫《もうまん》ならざるを許す者あるべしと、あえて自からこれを信ずるなり。
帝室より私学校を保護せらるるの事については、その資金をいかんするやとの問題もあれども、この一条はもっとも容易なることにして、心を労するに足らず。我が輩の持論は、今の帝室費をはなはだ不十分なるものと思い、大いにこれを増すか、または帝室|御有《ぎょゆう》の不動産にても定められたきとのことは、毎度陳述するところにして、もしも幸にして我が輩の意見の如くなることもあらば、私学校の保護の如き、全国わずかに幾十万円をもって足るべし。
あるいは一時巨額の資本を附与せらるるとて、また、ただ幾百万円の金を無利足にして永代貸下ぐるの姿に異ならず。決して帝室の大事と称すべきほどのものに非ず。あるいは今の政府の財政困難にして、帝室費をも増すにいとまあらずといわんか。極度の場合においては、国庫の出納を毫《ごう》も増減せずして、実際の事は挙行すべし。
その法、他《た》なし、文部省、工部省の学校を分離して御有となすときは、本省においては、従来学校に給したる定額を省《はぶ》くべきは当然の算数にして、この定額金は必ず大蔵省に帰することならん。大蔵省において
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