暦年間にあり〔『蘭学事始』という版本を見るべし〕。輓近《ばんきん》外国の交際始まりしより、西洋の説ようやく世上に行なわれ、洋学を教うる者あり、洋書を訳する者あり、天下の人心さらに方向を変じて、これがため政府をも改め、諸藩をも廃して、今日の勢いになり、重ねて文明の端を開きしも、これまた古人の遺物、先進の賜と言うべし。
右所論のごとく、古の時代より有力の人物、心身を労して世のために事をなす者少なからず。今この人物の心事を想うに、豈《あに》衣食住の饒《ゆた》かなるをもってみずから足れりとする者ならんや。人間交際の義務を重んじて、その志すところけだし高遠にあるなり。今の学者はこの人物より文明の遺物を受けて、まさしく進歩の先鋒に立ちたるものなれば、その進むところに極度あるべからず。今より数十の星霜を経て後の文明の世に至れば、また後人をしてわが輩の徳沢《とくたく》を仰ぐこと、今わが輩が古人を崇《とうと》むがごとくならしめざるべからず。概してこれを言えば、わが輩の職務は今日この世に居《お》り、わが輩の生々したる痕跡を遺《のこ》して遠くこれを後世子孫に伝うるの一事にあり。その任また重しと言うべし。
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