相手を見ず。これを譬《たと》えば人生に必要なる日光、空気を得るに銭を須《もち》いざるがごとし。その物は貴しといえども、所持の主人あらず。ただこれを古人の陰徳恩賜と言うべきのみ。
 開闢のはじめには人智いまだ開けず。その有様を形容すれば、あたかも初生の小児にいまだ智識の発生を見ざるもののごとし。譬えば麦を作りてこれを粉にするには、天然の石と石とをもってこれを搗《つ》き砕きしことならん。その後或る人の工夫にて二つの石を円《まる》く平たき形に作り、その中心に小さき孔《あな》を掘りて、一つの石の孔に木か金の心棒をさし、この石を下に据えてその上に一つの石を重ね、下の石の心棒を上の石の孔にはめ、この石と石との間に麦を入れて上の石を回し、その石の重さにて麦を粉にする趣向を設けたることならん。すなわちこれ挽碓《ひきうす》なり。古はこの挽碓を人の手にて回すことなりしが、後世に至りては碓の形をもしだいに改め、あるいはこれを水車、風車に仕掛け、あるいは蒸気の力を用うることとなりて、しだいに便利を増したるなり。
 何事もこのとおりにて、世の中の有様はしだいに進み、昨日便利とせしものも今日は迂遠《うえん》となり
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