れを恐れて服従の容《かたち》をなすのみ。今の政府はただ力あるのみならず、その智恵すこぶる敏捷《びんしょう》にして、かつて事の機に後《おく》るることなし。一新の後、いまだ十年ならずして、学校・兵備の改革あり、鉄道・電信の設あり、その他石室を作り、鉄橋を架する等、その決断の神速なるとその成功の美なるとに至りては、実に人の耳目を驚かすに足れり。しかるにこの学校・兵備は、政府の学校・兵備なり、鉄道・電信も、政府の鉄道・電信なり、石室・鉄橋も、政府の石室・鉄橋なり。人民はたしてなんの観をなすべきや。人みな言わん、「政府はただに力あるのみならず兼ねてまた智あり、わが輩の遠く及ぶところにあらず、政府は雲上にありて国を司り、わが輩は下にいてこれに依頼するのみ、国を患《うれ》うるは上の任なり、下賤の関わるところにあらず」と。概してこれを言えば、古《いにしえ》の政府は力を用い、今の政府は力と智とを用ゆ。古の政府は民を御するの術に乏しく、今の政府はこれに富めり。古の政府は民の力を挫《くじ》き、今の政府はその心を奪う。古の政府は民の外を犯し、今の政府はその内を制す。古の民は政府を視《み》ること鬼のごとくし、今
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