とし。私にありては智なり、官にありては愚なり。これを散ずれば明なり、これを集むれば暗なり。政府は衆智者の集まるところにして一愚人の事を行なうものと言うべし。豈《あに》怪しまざるを得んや。畢竟《ひっきょう》その然る所以はかの気風なるものに制せられて、人々みずから一個の働きを逞しゅうすること能わざるによりて致すところならんか。維新以来、政府にて学術、法律、商売等の道を興さんとして効験なきも、その病の原因はけだしここにあるなり。しかるにいま一時の術を用いて下民《かみん》を御《ぎょ》しその知徳の進むを待つとは、威をもって人を文明に強《し》ゆるものか、しからざれば欺きて善に帰せしむるの策なるべし。政府威を用うれば人民は偽をもってこれに応ぜん、政府|欺《ぎ》を用うれば人民は容《かたち》を作りてこれに従わんのみ。これを上策と言うべからず。たといその策は巧みなるも、文明の事実に施して益なかるべし。ゆえにいわく、世の文明を進むるにはただ政府の力のみに依頼すべからざるなり。
右所論をもって考うれば、方今わが国の文明を進むるには、まずかの人心に浸潤したる気風を一掃せざるべからず。これを一掃するの法、政府の
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