これがため労するところの力と費やすところの金とに比すれば、その奏功見るに足るもの少なきはなんぞや。けだし一国の文明はひとり政府の力をもって進むべきものにあらざるなり。
人あるいはいわく、「政府はしばらくこの愚民を御するに一時の術策を用い、その智徳の進むを待ちて後にみずから文明の域に入らしむるなり」と。この説は言うべくして行なうべからず。わが全国の人民数千百年専制の政治に窘《くる》しめられ、人々その心に思うところを発露すること能《あた》わず、欺きて安全を偸《ぬす》み、詐《いつわ》りて罪を遁《のが》れ、欺詐《ぎさ》術策は人生必需の具となり、不誠不実は日常の習慣となり、恥ずる者もなく怪しむ者もなく、一身の廉恥すでに地を払いて尽きたり、豈《あに》国を思うに遑《いとま》あらんや。政府はこの悪弊を矯《た》めんとしてますます虚威を張り、これを嚇《おど》しこれを叱し、強いて誠実に移らしめんとしてかえってますます不信に導き、その事情あたかも火をもって火を救うがごとし。ついに上下の間隔絶しておのおの一種無形の気風をなせり。その気風とはいわゆるスピリットなるものにて、にわかにこれを動かすべからず。近日に至
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