ではこれを動かすを得ず。小心翼々|謹《つつし》みて守らざるべからず。これすなわち人民の職分なり。しかるに無学文盲、理非の理の字も知らず、身に覚えたる芸は飲食と寝ると起きるとのみ、その無学のくせに欲は深く、目の前に人を欺きて巧みに政府の法を遁《のが》れ、国法の何ものたるを知らず、己《おの》が職分の何ものたるを知らず、子をばよく生めどもその子を教うるの道を知らず、いわゆる恥も法も知らざる馬鹿者にて、その子孫繁盛すれば一国の益はなさずして、かえって害をなす者なきにあらず。かかる馬鹿者を取り扱うにはとても道理をもってすべからず、不本意ながら力をもって威《おど》し、一時の大害を鎮《しず》むるよりほかに方便あることなし。
これすなわち世に暴政府のある所以《ゆえん》なり。ひとりわが旧幕府のみならず、アジヤ諸国古来みな然り。されば一国の暴政は必ずしも暴君暴吏の所為のみにあらず、その実は人民の無智をもってみずから招く禍なり。他人にけしかけられて暗殺を企つる者もあり、新法を誤解して一揆を起こす者あり、強訴を名として金持の家を毀《こぼ》ち、酒を飲み銭を盗む者あり。その挙動はほとんど人間の所業と思われず。か
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