八百屋が、来年奥州街道の旅籠屋《はたごや》にて腹痛の介抱してくれることもあらん。
人類多しといえども、鬼にもあらず蛇《じゃ》にもあらず、ことさらにわれを害せんとする悪敵はなきものなり。恐れはばかるところなく、心事を丸出しにしてさっさと応接すべし。ゆえに交わりを広くするの要は、この心事をなるたけ沢山にして、多芸多能一色に偏せず、さまざまの方向によりて人に接するにあり。あるいは学問をもって接し、あるいは商売によりて交わり、あるいは書画の友あり、あるいは碁・将棋の相手あり、およそ遊冶放蕩の悪事にあらざるより以上のことなれば、友を会するの方便たらざるものなし。あるいはきわめて芸能なき者ならばともに会食するもよし、茶を飲むもよし。なお下りて筋骨の丈夫なる者は腕押し、枕引き、足|角力《ずもう》も一席の興として交際の一助たるべし。腕押しと学問とは道同じからずして相ともに謀るべからざるようなれども、世界の土地は広く、人間の交際は繁多にして、三、五尾《び》の鮒《ふな》が井中《せいちゅう》に日月を消するとは少しく趣を異にするものなり。人にして人を毛嫌いするなかれ。
底本:「日本の名著 33 福沢諭
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