権理通義を許すことなくして、実に見るに忍びざること多し。そもそも政府と人民との間柄は、前にも言えるごとく、ただ強弱の有様を異にするのみにて権理の異同あるの理なし。百姓は米を作りて人を養い、町人は物を売買して世の便利を達す。これすなわち百姓・町人の商売なり。政府は法令を設けて悪人を制し、善人を保護す。これすなわち政府の商売なり。この商売をなすには莫大の費えなれども、政府には米もなく金もなきゆえ、百姓・町人より年貢《ねんぐ》・運上《うんじょう》を出《い》だして政府の勝手方を賄《まかな》わんと、双方一致のうえ相談を取り極めたり。これすなわち政府と人民との約束なり。ゆえに百姓・町人は年貢・運上を出だして固く国法を守れば、その職分を尽くしたりと言うべし。政府は年貢・運上を取りて正しくその使い払いを立て人民を保護すれば、その職分を尽くしたりと言うべし。双方すでにその職分を尽くして約束を違《たが》うることなきうえは、さらになんらの申し分もあるべからず、おのおのその権理通義を逞しゅうして少しも妨げをなすの理なし。
 しかるに幕府のとき政府のことをお上《かみ》様と唱え、お上の御用とあればばかに威光を振る
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