人の性情において働きに自由を得ざれば、その勢い必ず他を怨望せざるを得ず。因果応報の明らかなるは、麦を蒔《ま》きて麦の生ずるがごとし。聖人の名を得たる孔夫子がこの理を知らず、別に工夫もなくしていたずらに愚痴をこぼすとはあまりたのもしからぬ話なり。そもそも孔子の時代は明治を去ること二千有余年、野蛮|草昧《そうまい》の世の中なれば、教えの趣意もその時代の風俗人情に従い、天下の人心を維持せんがためには、知りてことさらに束縛するの権道なかるべからず。もし孔子をして真の聖人ならしめ、万世の後を洞察するの明識あらしめなば、当時の権道をもって必ず心に慊《こころよ》しとしたることはなかるべし。ゆえに後世の孔子を学ぶ者は、時代の考えを勘定のうちに入れて取捨せざるべからず。二千年前に行なわれたる教えをそのままに、しき写しして明治年間に行なわんとする者は、ともに事物の相場を談ずべからざる人なり。
 また近く一例を挙げて示さんに、怨望の流行して交際を害したるものは、わが封建の時代に沢山なる大名の御殿女中をもって最《さい》とす。そもそも御殿の大略を言えば、無識無学の婦女子群居して無智無徳の一主人に仕え、勉強をもっ
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