内なきがごとく、その豪大なるや外なきがごとくして、はじめて真の学者と称すべきなり。
人の品行は高尚ならざるべからざるの論
前条に「方今わが国においてもっとも憂うべきは人民の見識いまだ高尚ならざるの一事なり」と言えり。人の見識品行は、微妙なる理を談ずるのみにて高尚なるべきにあらず。禅家に悟道などの事ありて、その理すこぶる玄妙なる由なれども、その僧侶の所業を見れば、迂遠にして用に適せず、事実においては漠然としてなんらの見識もなき者に等し。
また人の見識、品行はただ聞見の博《ひろ》きのみにて高尚なるべきにあらず。万巻の書を読み、天下の人に交わり、なお一己《いっこ》の定見なき者あり。古習を墨守する漢儒者のごときこれなり。ただ儒者のみならず、洋学者といえどもこの弊を免れず。いま西洋日新の学に志し、あるいは経済書を読み、あるいは修身論を講じ、あるいは理学、あるいは智学、日夜精神を学問に委《ゆだ》ねて、その状あたかも荊棘《けいきょく》の上に坐《ざ》して刺衝《ししょう》に堪ゆべからざるのはずなるに、その人の私につきてこれを見ればけっして然らず、眼に経済書を見て一家の産を営むを知らず、口に
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