められ、裁判所には叱られ、一人扶持《いちにんぶち》取る足軽に逢《あ》いてもお旦那さまと崇《あが》めし魂は腹の底まで腐れつき、一朝一夕に洗うべからず、かかる臆病神の手下どもが、かの大胆不敵なる外国人に逢いて、胆をぬかるるは無理ならぬことなり。これすなわち内に居て独立を得ざる者は外にありても独立すること能わざるの証拠なり。
 第三条 独立の気力なき者は人に依頼して悪事をなすことあり。
 旧幕府の時代に名目金《みょうもくきん》とて、御三家などと唱うる権威強き大名の名目を借りて金を貸し、ずいぶん無理なる取引きをなせしことあり。その所業はなはだ悪《にく》むべし。自分の金を貸して返さざる者あらば、再三再四力を尽くして政府に訴うべきなり。しかるにこの政府を恐れて訴うることを知らず、きたなくも他人の名目を借り他人の暴威によりて返金を促《うなが》すとは卑怯なる挙動ならずや。今日に至りては名目金の沙汰は聞かざれども、あるいは世間に外国人の名目を借る者はあらずや。余輩いまだその確証を得ざるゆえ明らかにここに論ずること能わざれども、昔日のことを思えば今の世の中にも疑念なきを得ず。こののち万々一も外国人雑居などの場合に及び、その名目を借りて奸《かん》を働く者あらば、国の禍《わざわい》、実に言うべからざるべし。ゆえに人民に独立の気力なきはその取扱いに便利などとて油断すべからず。禍は思わぬところに起こるものなり。国民に独立の気力いよいよ少なければ、国を売るの禍もまたしたがってますます大なるべし。すなわちこの条のはじめに言える、人に依頼して悪事をなすとはこのことなり。
 右三ヵ条に言うところはみな、人民に独立の心なきより生ずる災害なり。今の世に生まれいやしくも愛国の意あらん者は、官私を問わずまず自己の独立を謀《はか》り、余力あらば他人の独立を助け成すべし。父兄は子弟に独立を教え、教師は生徒に独立を勧め、士農工商ともに独立して国を守らざるべからず。概してこれを言えば、人を束縛してひとり心配を求むるより、人を放ちてともに苦楽を与《とも》にするに若《し》かざるなり。
[#改段]

 四編



   学者の職分を論ず

 近来ひそかに識者の言を聞くに、「今後日本の盛衰は人智をもって明らかに計り難しといえども、つまり、その独立を失うの患《うれ》いはなかるべしや、方今目撃するところの勢いによりてしだいに進歩せば、必ず文明盛大の域に至るべしや」と言いて、これを問う者あり。あるいは「その独立の保つべきと否とは、今より二、三十年を過ぎざれば明らかにこれを期すること難《かた》かるべし」と言いて、これを疑う者あり。あるいははなはだしくこの国を蔑視《べっし》したる外国人の説に従えば、「とても日本の独立は危し」と言いて、これを難《かたん》ずる者あり。もとより人の説を聞いてにわかにこれを信じわが望みを失するにはあらざれども、畢竟《ひっきょう》この諸説はわが独立の保つべきと否とについての疑問なり。事に疑いあらざれば問いのよって起こるべき理なし。今試みに英国に行き、「ブリテンの独立保つべきや否や」と言いてこれを問わば、人みな笑いて答うる者なかるべし。その答うる者なきはなんぞや、これを疑わざればなり。しからばすなわちわが国文明の有様、今日をもって昨日に比すればあるいは進歩せしに似たることあるも、その結局に至りてはいまだ一点の疑いあるを免れず。いやしくもこの国に生まれて日本人の名ある者は、これに寒心せざるを得んや。今わが輩もこの国に生まれて日本人の名あり、すでにその名あればまたおのおのその分を明らかにして尽くすところなかるべからず。もとより政の字の義に限りたることをなすは政府の任なれども、人間の事務には政府の関わるべからざるものもまた多し。ゆえに一国の全体を整理するには、人民と政府と両立してはじめてその成功を得《う》べきものなれば、わが輩は国民たるの分限を尽くし、政府は政府たるの分限を尽くし、互いに相助けもって全国の独立を維持せざるべからず。
 すべて物を維持するには力の平均なかるべからず。譬《たと》えば人身のごとし。これを健康に保たんとするには、飲食なかるべからず、大気、光線なかるべからず、寒熱、痛痒《つうよう》、外より刺衝《ししょう》して内よりこれに応じ、もって一身の働きを調和するなり。今にわかにこの外物の刺衝を去り、ただ生力の働くところにまかしてこれを放頓《ほうとん》することあらば、人身の健康は一日も保つべからず。国もまた然《しか》り。政《まつりごと》は一国の働きなり。この働きを調和して国の独立を保たんとするには、内に政府の力あり、外に人民の力あり、内外相応じてその力を平均せざるべからず。ゆえに政府はなお生力のごとく、人民はなお外物の刺衝のごとし。今にわかにこの刺衝を去り、ただ政府の働
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