とは、世間の人が銘々に身代を持ち、銘々に家業を勤めて、他人の世話厄介にならぬよう、一身一家内の始末をすることにて、一口に申せば人に物を貰《もら》わぬという義なり。
 有形の独立は右のごとく目にも見えて弁じやすけれども、無形の精神の独立に至りては、その意味深く、その関係広くして、独立の義に縁なきように思わるることにもこの趣意を存して、これを誤るものはなはだ多し。細事ながら左にその一ヵ条を撮《と》りてこれを述べん。
「一杯、人、酒を呑《の》み、三杯、酒、人を呑む」という諺《ことわざ》あり。今この諺を解けば、「酒を好むの欲をもって人の本心を制し、本心をして独立を得せしめず」という義なり。今日世の人々の行状を見るに、本心を制するものは酒のみならず、千状万態の事物ありて本心の独立を妨ぐることはなはだ多し。
 この着物に不似合いなりとてかの羽織を作り、この衣裳に不相当なりとてかの煙草入れを買い、衣服すでに備われば屋宅の狭きも不自由となり、屋宅の普請はじめて落成すれば宴席を開かざるもまた不都合なり、鰻飯は西洋料理の媒酌《ばいしゃく》となり、西洋料理は金の時計の手引きとなり、比《これ》より彼《かれ》に移り、一より十に進み、一進また一進、段々限りあることなし。この趣を見れば一家の内には主人なきがごとく、一身の内には精神なきがごとく、物よく人をして物を求めしめ、主人は品物の支配を受けてこれに奴隷使《どれいし》せらるるものと言うべし。
 なおこれよりはなはだしきものあり。前の例は品物の支配を受くる者なりといえども、その品物は自家の物なれば、一身一家の内にて奴隷の境界に居《お》るまでのことなれども、ここにまた他人の物に使役せらるるの例あり。かの人がこの洋服を作りたるゆえ我もこれを作ると言い、隣に二階の家を建てたるがゆえにわれは三階を建つると言い、朋友の品物はわが買物の見本となり、同僚の噂咄《うわさばなし》はわが注文書の腹稿となり、色の黒き大の男が節《ふし》くれ立ちたるその指に金の指輪はちと不似合いと自分も心に知りながら、これも西洋人の風なりとて無理に了簡《りょうけん》を取り直して銭を奮発し、極暑の晩景《ばんけい》、浴後には浴衣《ゆかた》に団扇《うちわ》と思えども、西洋人の真似なれば我慢を張りて筒袖に汗を流し、ひたすら他人の好尚に同じからんことを心配するのみ。他人の好尚に同じゅうするはなおかつ許すべし。その笑うべきの極度に至りては他人の物を誤り認め、隣りの細君が御召縮緬《おめしちりめん》に純金の簪《かんざし》をと聞きて大いに心を悩まし、急に我もと注文して後によくよく吟味すれば、豈《あに》計らんや、隣家の品は綿縮緬に鍍金《めっき》なりしとぞ。かくのごときは、すなわちわが本心を支配するものは自分の物にあらずまた他人の物にもあらず、煙のごとき夢中の妄想に制せられて、一身一家の世帯は妄想の往来に任ずるものと言うべし。精神独立の有様とは多少の距離あるべし。その距離の遠近は銘々にて測量すべきものなり。
 かかる夢中の世渡りに心を労し、身を役《えき》し、一年千円の歳入も、一月百円の月給も、遣《つか》い果たしてその跡を見ず、不幸にして家産歳入の路《みち》を失うか、または月給の縁に離るることあれば、気抜けのごとく、間抜けのごとく、家に残るものは無用の雑物《ぞうもつ》、身に残るものは奢移《しゃし》の習慣のみ。憐れと言うもなおおろかならずや。産を立つるは一身の独立を求むるの基《もとい》なりとて心身を労しながら、その家産を処置するの際に、かえって家産のために制せられて独立の精神を失い尽くすとは、まさにこれを求むるの術をもってこれを失うものなり。余輩あえて守銭奴の行状を称誉するにあらざれども、ただ銭を用うるの法を工夫し、銭を制して銭に制せられず、毫《ごう》も精神の独立を害することなからんを欲するのみ。

   心事と働きと相当すべきの論

 議論と実業と両《ふたつ》ながらそのよろしきを得ざるべからずとのことは、あまねく人の言うところなれども、この言うところなるものもまたただ議論となるのみにして、これを実地に行なう者はなはだ少なし。そもそも議論とは、心に思うところを言に発し、書に記すものなり。あるいはいまだ言と書に発せざれば、これをその人の心事と言い、またはその人の志と言う。ゆえに議論は外物に縁なきものと言うも可なり。畢竟内に存するものなり、自由なるものなり、制限なきものなり。実業とは心に思うところを外に顕《あら》わし、外物に接して処置を施すことなり。ゆえに実業には必ず制限なきを得ず、外物に制せられて自由なるを得ざるものなり、古人がこの両様を区別するには、あるいは言と行と言い、あるいは志と功と言えり。また今日俗間にて言うところの説と働きなるものも、すなわちこれなり。
 言行|齟齬
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