つてここに心づかず、働きの位は一におり、心事の位は十にとどまり、一にいて十を望み、十にいて百を求め、これを求めて得ずしていたずらに憂いを買う者と言うべし。これを譬《たと》えば石の地蔵に飛脚の魂を入れたるがごとく、中風の患者に神経の穎敏《えいびん》を増したるがごとし。その不平不如意は推《お》して知るべきなり。
 また心事高尚にして働きに乏しき者は、人に厭《いと》われて孤立することあり。己が働きと他人の働きとを比較すればもとより及ぶべきにあらざれども、己が心事をもって他の働きを見れば、これに満足すべからずして、おのずから私《ひそか》に軽蔑の念なきを得ず。みだりに人を軽蔑する者は、必ずまた人の軽蔑を免るべからず。互いに相不平をいだき、互いに相蔑視して、ついには変人奇物の嘲りを取り、世間に歯《よわい》すべからざるに至るものなり。今日世の有様を見るにあるいは傲慢|不遜《ふそん》にして人に厭わるる者あり、あるいは人に勝つことを欲して人に厭わるる者あり、あるいは人に多を求めて人に厭わるる者あり、あるいは人を誹謗《ひぼう》して人に厭わるる者あり。いずれもみな人に対して比較するところを失い、己が高尚なる心事をもって標的となし、これに照らすに他の働きをもってして、その際に恍惚《こうこつ》たる想像を造り、もって人に厭わるるの端を開き、ついにみずから人を避けて独歩孤立の苦界に陥る者なり。試みに告ぐ、後進の少年輩、人の仕事を見て心に不満足なりと思わば、みずからその事を執《と》りてこれを試むべし。人の商売を見て拙なりと思わば、みずからその商売に当たりてこれを試むべし。隣家の世帯を見て不取締りと思わば、みずからこれを自家に試むべし。人の著書を評せんと欲せば、みずから筆を執りて書を著《あら》わすべし。学者を評せんと欲せば学者たるべし。医者を評せんと欲せば医者たるべし。至大のことより至細のことに至るまで、他人の働きに喙《くちばし》を容《い》れんと欲せば、試みに身をその働きの地位に置きて躬《み》みずから顧みざるべからず。あるいは職業のまったく相異なるものあらば、よくその働きの難易軽重を計り、異類の仕事にてもただ働きと働きとをもって自他の比較をなさば大なる謬《あやま》りなかるべし。
[#改段]

 十七編



   人望論

 十人の見るところ、百人の指《ゆびさ》すところにて、「何某《なにがし》は慥《
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