義務の考えなかるべからず。独立とは一軒の家に住居して他人へ衣食を仰がずとの義のみにあらず。こはただ内の義務なり。なお一歩を進めて外の義務を論ずれば、日本国に居て日本人たる名を恥ずかしめず、国中の人とともに力を尽くし、この日本国をして自由独立の地位を得せしめ、はじめて内外の義務を終わりたりと言うべし。ゆえに一軒の家に居てわずかに衣食する者は、これを一家独立の主人と言うべし、いまだ独立の日本人と言うべからず。
 試みに見よ、方今、天下の形勢、文明はその名あれどもいまだその実を見ず、外の形は備われども内の精神は耗《むな》し。今のわが海陸軍をもって西洋諸国の兵と戦うべきや、けっして戦うべからず。今のわが学術をもって西洋人に教ゆべきや、けっして教ゆべきものなし。かえってこれを彼に学んでなおその及ばざるを恐るるのみ。外国に留学生あり、内国に雇いの教師あり、政府の省・寮・学校より、諸府諸港に至るまで、大概みな外国人を雇わざるものなし。あるいは私立の会社・学校の類といえども、新たに事を企つるものは必ずまず外国人を雇い、過分の給料を与えてこれに依頼するもの多し。彼の長を取りてわが短を補うとは人の口吻《こうふん》なれども、今の有様を見れば我は悉皆《しっかい》短にして彼は悉皆長なるがごとし。
 もとより数百年来の鎖国を開きて、とみに文明の人に交わることなれば、その状あたかも火をもって水に接するがごとく、この交際を平均せしめんがためには、あるいは彼の人物を雇い、あるいは彼の器品を買いて、もって急須の欠を補い、水火相触るるの動乱を鎮静するは必ずやむをえざるの勢いなれば、一時の供給を彼に仰ぐも国の失策と言うべからず。然りといえども、他国の物を仰いで自国の用を便ずるは、もとより永久の計にあらず、ただこれを一時の供給とみなして強いてみずから慰むるのみなれども、その一時なるものはいずれの時に終わるべきや。その供給を他に仰がずしてみずから供するの法はいかがして得べきや。これを期することはなはだ難し。
 ただ、今の学者の成業を待ち、この学者をして自国の用を便ぜしむるのほか、さらに手段あるべからず。すなわちこれ学者の身に引き受けたる職分なれば、その責《せ》め急なりと言うべし。今わが国内に雇い入れたる外国人は、わが学者未熟なるがゆえにしばらくその名代を勤めしむるものなり。今わが国内に外国の器品を買い入るるは
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